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三時間後、校内放送で文化祭の開始が合図された。
俺たちパソコン音楽部の発表は体育館で行う。
先日の順番決め抽選会が行われて……結果は最悪な順番だが。
そんな今日は岩本祭、年に一度の祭りだ。
花火が打ちあがり、岩本祭の開催を宣言する校内放送が流れる頃、俺は部室で頭を下げていた。
「ありがとうございます、みんな」
パソコンを前に、みんなに深々と頭を下げていた。
中央にいた部長に感謝、部長は既に席を立っていた。
昨日、佳乃のことであれだけ怒っていた部長も俺に対して拍手していた。
「やっと終わったな、菅原」
「はい、みんなのおかげです」
「じゃあ、俺は何を奢ってもらおうかな?」
早速工藤先輩が、値踏みをすべく文化祭のパンフレットを見ていた。
「今日は祭りだ、仕事はしないで遊ぼうではないか」
「おお、その通りだな。後で奢りの方は考えとくよ」
工藤先輩はニタニタ笑っていた。工藤先輩ってかなり大食いだったな、大丈夫か俺の財布。
財布の心配をしつつ、俺たち部員は一度部室を出ることにした。
「じゃあ十二時半に部室集合ってことで」
部室前のドアで俺たち部員が分かれた。
一人になった俺は、すぐに廊下を歩くと廊下の飾りつけが終わっていた。
佳乃との夢で見たような祭りの雰囲気が、廊下にも伝わっていた。
生徒はもちろん、一般の大人の姿もちらほら見えた。
(さっすが文化祭だな)
俺はポケットに取り出した文化祭のパンフレットを、見ながらじっくりと考えていた。
こう見えても文化祭では念入りに計画を……練る時間がないではないか。
時間が三時間で回れるところは限られるから、一つ一つ吟味していく。
(楽しむか、少しだけ。とりあえず自分のクラスは最後にして……)
そんな雰囲気を楽しむために、部室前の廊下でパンフレットを見ること五分。
俺に声をかけてくる女がいた。
「あら、光輝。こんなところで何しているの?」
「あれ、母さん」
そこに出てきたのが母親と湯神子が来ていた。
ブラウスを着て、いかにも保護者って感じの母親。
「お兄様、来ていたんですね」
それから当り前のことを言ってきたのは、黒い長袖のセーラー服を着てじっと見てきた従弟の湯神子だ。
相変わらず感情を表に出さずに淡々としているな、湯神子は。
「湯神子も来たのか」
「はい、楽しみにしました」表情は全く変わらないで言う。
「ええ、ユノちゃんは光輝の活躍が見たいでしょ。そうよね?」
「はい、おばさん。私は岩本祭を見に、わざわざ富山まで来たようなものです」
湯神子が相変わらず抑揚なく言ってきた。
なんというか超しらじらしいんですけど。
「本当か?」
「はい、高校の文化祭が楽しそうですね。私は行くことはないでしょうけど」
「感情こもっていないんだけど」
「しょうがありません、こういう性格ですから」
「母さんもユノちゃんに誘われてね。光輝が何をやっているのか気になるわぁ~。
最近ずっと帰り遅いでしょ、部活だって言っているから」
「ああ……そうだけど」
ちらりと思いだされたのが『ボイカロイト』の『KUNI』というCG少女。
意外と母さんはオタク趣味に寛大だから、でも発表となるとなんか照れくさいかも。
「俺の部活は昼の二時半に部室集合だから、まだ時間はあるし」
「そうね、じゃあ光輝のなにかオススメがある?」
「えと……」
「あら、菅原さんじゃない」
そう言いながら廊下ですれ違ったのが、母親の知り合いに出くわした。
年齢的にも四十代の主婦グループで、母親はあっという間に取り込まれた。
母親の顔はかなり広い、社交性のパラメーターは全部高い。
純花の両親とも仲がいいのはもちろん、他のクラスメイトの母親同士も仲良かったりする。
逆に言えば、保護者の生徒と俺の仲がそんなによくなかったりするが。
社交辞令のあいさつの後、すぐにおしゃべりモードに入ったようだ。俺は母に気遣った。
「行ってきていいよ」
「えっ、ああ、ごめんね。ユノちゃんをお願いできる?」
「うん、そのつもり」
だから俺は自然と空気を呼んでいた。
あっという間に母親は主婦グループとの中に吸収されていく。
「いこか、湯神子」
「いいお母様だね……お兄様のお母様」
「えっ?ああ、八方美人なだけだよ」
俺はそう言いながら、湯神子の前に手を差し出した。
「手をつなぐぞ、迷子になるだろ」
「はい」
俺は従弟の湯神子と一緒に、学校を見て回ることになった。
掴んだ湯神子の手は少し冷たかった。




