84
イベントマークが起きたということは、教育のパラメーターでなにか起きた事らしい。
俺は早速、マークをタッチした。
しかし背景が全く変わらない。いつも通りの白黒の部屋。
俺は仕方ないのでフローライトのパラメーターの確認をしていた。
前回のジョギングで、運動能力が上がったが知識系の能力はほとんど下がらなかった。
一つ一つを見ているだけで俺は満足だ。
本当にフローライトは優秀だな、ほれぼれするぐらいに。
「フローライト、まだ教育できそうだから……」
「……助けて」
いきなり、震えた声でフローライトは俺に言ってきた。
「へ?」
「助けて」
「何から?」
そう言うと、部屋のドアが開いた。
そこに出てきたのが背の高い男。だけど明らかに気持ち悪い風貌だった。
上半身裸に、下半身はオレンジのタイツ。顔が長く、ゾンビの様に襲ってきた。
だけどその顔や姿はどこかで見たことがある。俺はすぐにピンときた。
「魔物?じゃない、部長?」
ゾンビらしい男は部屋に入るなり、今まで距離のあったフローライトがこっちに走ってきた。
「助けて!あれから!」
「あれって、伊勢ヶ崎部長。つまりフローライトの……」
「そう、私の兄さん。でもダメ……あたしは生理的に受けつけないの」
「えっ?」
ゾンビの様にゆっくり歩いてくる部長風の男。
だけど襲ってくる様子は見られない……が確かに不気味ではあるが。
俺を見るなりいきなり部長らしきゾンビは手を伸ばして向かってきた。
(なんで部長がゾンビ扱いなんだ?)
が思った以上に喋りは普通だった。部長の声とそっくりだ。
「聞いてくれフローライト姫」
「聞いてって、言っているけど」
「ダメです……あの人が怖い」
確かに女子から見ると引かれる姿をしているな、部長ゾンビ。
でもどう見てもゾンビはフローライトの方を見ているようだ。
もしかして、最初からフローライトが泣いていたのって部長が原因なんじゃ。
「あの、落ち着いてください」
「オレはヨッシーマ王子……フローライト姫の実兄。けしてゾンビなどではない。
むしろ健康体そのものだ、だが……いろいろ事情があってこの姿をしている」
「どんな事情?」
「呪いをかけられた」
「またまた、冗談を……」
「本当だ。女……しかもそいつは」
「私です、あまりにもしつこいから!」
フローライトは半泣きしそうな顔で俺の背後に隠れた。
「だってこの人は兄さんじゃない。兄さんはもう死んだ。
私はいつまでも弱くない、『兄離れ』をしないと先に進めないです!」
言い張るフローライト、俺を隔てて兄弟が立っていた。
それにしてもヨッシーマ王子は本当に血色悪いな。
生きていないみたい、いやそれが佳乃のイメージなのか。
「教育大臣……そんなわけでフローライトの誤解を解いてほしい」
「解いてって?」
「私にはこれ以上必要ないんです、あなたのことが!」
ヨッシーマの懇願とフローライトの絶叫が俺を挟んで聞こえる。
最後はフローライトが逃げ出すように部屋を出て行ってしまった。
主なき部屋に、俺とヨッシーマ王子は二人取り残されていた。
「すまぬ、オレのせいだ」
「どういうことですか、ヨッシーマ王子」
「ああ、フローライトは昔から病弱なんだ」
その話はこの前部長がしていたな。
それだけではフローライトが逃げる要因にならない。
「病弱は分かります、それがなぜフローライトに避けられるのと関係があるんですか?」
「人というのは、長くいすぎると摩擦が生じる。
結婚生活も長くなれば、ダラケたり愛情が冷めることがある。
マンネリ化し、愛情が冷めれば離婚する。
新しいことには熱心だけど、冷めやすいのも人なんだ。
フローライトは慣れ過ぎてしまったんだ」
「慣れ過ぎた?」
「そう、ずっとオレと医者しかいない生活だったから」
「それは仕方ないことじゃあないんですか?」
「……そうだな」
なんかヨッシーマ部長、じゃなくて王子はわりと話しやすい。
変な癖もないし、本当にフローライト姫を大事に思っているように思えた。
「それがフローライトを誤解させる要因になっているんだ」
「誤解ってマンネリが?」
「正しくはマンネリしているから……無理矢理打破しようとする。だから俺をゾンビにした」
ヨッシーマ王子は難しい顔を見せた。
ゾンビっぽい風貌だから、考え込む仕草もかなり怖いが。
でも襲ってくる様子はないし、恐怖もだいぶ和らいできた。
これもマンネリなのだろうか。
「問題の打破がゾンビの姿なんですか?」
「それもある、だが彼女にはこの世界で一番だということだ」
「一番?」
「そう、この世界はフローライトの持ち主が作った世界だということだ」
ヨッシーマ王子の言葉で俺は随分と理解できた。
俺が佳乃に指輪を与えた。
佳乃のことをもっと知りたかったから。
ただのクラスメイトで踏み入れてはいけないけれど彼女の素性を知りたかったし、助けたかった。
始めは彼女が助けを求めてきた。
それと同時にできる周りの人間は、指輪所有者の関係する人ばかりだ。
「だからか、だからヨッシーマ王子も……」
「そうだ、きっとフローライトの持ち主がそう思っている姿なのだろう。
何より指輪の所有者が知らない人間は出てこない」
「それでゾンビの姿を元に戻すにはどうしたらいいんですか?」
「彼女……フローライトの悩みを解決するしかない」
フローライトの悩みの解決は、死亡フラッグの解決につながる。
だけど死亡フラッグが出ていない。ドワ太が嘆いてきたことだ。
「どうやって解決を?」
「決まっている、フローライトである彼女を変えるんだ」
「佳乃を……佳乃はそんなに悩んでいるとは思えないが」
常に明るくて穏やかな佳乃。
でも俺は見てしまった、フローライトの泣いている姿を。
ならば考えられるところはどこかにあるはずだ。
「いや、彼女は可哀そうだと思う」
「普通ではないっていうか、アイドルっていうか……」
「聞くが、彼女に親しい友人がいるか?」
「えっ……それは」
ゾンビのヨッシーマ王子が冷静に語っていた。
それを見て、俺は一つの考えにゆきついた。彼女は友達が少ないのだ。




