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十月ももう終わりに近づいていた。
来週はもう文化祭がやってくる。俺は急ピッチでパソコンを進めていた。
今朝は部長との会話であまりできなかったので、夜も遅くまでやらないと間に合わない。
俺は家に電話をかけて、今日からしばらく夜遅くなると連絡を入れた。
(さて、そろそろメシでも買いに行くか)
とパソコンをやめて俺は学校を出た。
夜は一応九時まで開けてくれた、今は七時ぐらいか。
秋でもだいぶ冷え込んだから黒のコートを着て、外に出た。
最後に部長が残るから、そこまでやらない方がいいのだがそうも言ってられない。
夏は純花の家でバイトがあって半分は使ってしまった。
秋は戸破の暴行事件で学校自体を休む日が続いた。
GC少女KUNIに別れを告げてスーパーに向かう。
意外と学校から近いスーパーまで歩くと、道路でばったり出くわしたのが、
「菅原君」
そこには大きなビニール袋を両手に持った佳乃だった。
制服姿ってことはこれから学校に戻るところらしいな。
「佳乃はなんでここに?」
「それは、お買い物中ですよ~」
相変わらず間延びした口調で佳乃が俺に応えてきた。
「買い物?制服で」
「はい、クラスでの出し物ですから。私、こう見えても文化祭委員になっているんですよ~」
「ああ、出し物あったよな」
「そうです~。前回の投票で、『コスプレポップコーン屋』をやるんですよ」
佳乃が言うと、なぜかちょっとエロっぽく聞こえてしまうのは俺の気のせいだろうか。
「コスプレポップコーン屋か。俺はクラスの方に入れないけど……」
「パソコン音楽部ですね~」
佳乃はもちろん俺の部活を知っていた。
兄が部長をやっている部活だから、当然といえば当然か。
そんな佳乃はちょっと腕を震わせていた。随分重そうだな。
「重そうだね」
「大丈夫です、えへへっ。そんなことよりそっちは進んでいますか?
結構学校も休んでいたみたいですし」
「うん……まあ結構遅れちゃってね。今週一週間で追いつく予定」
「そうですか、がんばってくださ~い」
「おう」
佳乃に励まされて、俺はやる気がわいてきた。
ほんとうに佳乃は穏やかでかわいい。
「じゃあ……」と話を切ろうとしたとき
「菅原君……この前の中間の数学、また百点でしたね」
「あっ、そうだね」
話を切ろうとしても、つい佳乃のペースに引きずり込まれてしまう俺がいた。
他の教科はそれほど得意でもないが俺の平均点は95点だ、前回の百点でまた平均値が上がったが。
クラスの中でも俺は数学で負けることはない。
「ああ、大好きだ。数字も数値も大好きだ。一日中数字を見ているだけでいい。
なにせ俺の将来の夢は一介の銀行員だ。佳乃、好きな数字があるか?」
「私は6が好きなんですよ、この丸みとか」
「へえ、意外だな。俺はやっぱ1かな。リーダーぽいしまっすぐに立っている感が。
なにより俺は1が一番羨ましい数字だからな」
「そうですか~1もいいですね~。今の1は私みたいです」
そんな俺と佳乃が話をして和んでいた。
まさか数字の話をするとは思わなかったが、佳乃とは趣味が合うかも。
「それに……」
「それに?」
だけど目の前の佳乃の言葉が続かない。
俺は気づかなかった、佳乃が変化していたことに。
目の前の佳乃は急に顔色が青ざめていた。持っていたスーパーの袋をドサッと落してしまう。
「佳乃?」
「……あっ、はい!」
ちょっと取り乱した佳乃は、思わず慌てて後ろへ振り返っていた。
明らかに様子がおかしい、呼吸が乱れて血の気が引いたような顔だ。
千鳥足で俺に対して怯えた表情を見せた。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ちょっと立ちくらみがしたから」
「そうか、あそこで休もう」
俺はたまたま見つけたバスの停留所のベンチを見つけ、すぐに佳乃を誘導した。
佳乃の顔がビッショリと激しく汗をかいていた。
その汗は不自然で、小刻みに体が震えていたから。




