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放課後、俺は伊勢ヶ崎さんに導かれて向かったのが市街地から少し離れた大きな屋敷。
ここは伊勢ヶ崎さんの家だ、パソコン音楽部の部長の家でもあるから初めてではない。
伊勢ヶ崎さんの家は部長の家と同じで、茶道の家元だ。別の部屋では茶道教室をしている。
大きな屋敷の和室の一室に俺は通された。
渡り廊下を挟んで日本庭園も見えた。
俺は前のクラスメイトを、じっと座布団の上で胡坐をかいて座っていた。
俺は今日ほどクラス中の男子に恨まれたことがない。
嫌がらせはされなかったが、軽蔑の視線は続いた。
クラスのアイドルとつき合うだけでこれだけ大変なのだから、リアルのアイドルとつき合うのはさぞかし命がけなのだろうな。
伊勢ヶ崎佳乃がアイドルという存在が、男子学生の嫉妬を産んでいたから。
昼休みの純花もなんだか冷たかった。
作って来た弁当を俺の目の前で、一人だけで食べて勝手にふてくされていたし。
それにしても、俺はずっと気になっていた。
伊勢ヶ崎さんのいう『お茶会』ってなんだろうか。
戸破みたいに脅迫したり、純花みたいに文句言ったりする性格じゃないと思うが。
目の前では、いつも通り穏やかな長髪の伊勢ヶ崎さんがやってきた。
穏やかな目、かわいらしい小顔で制服姿の伊勢ヶ崎さんは綺麗な姿勢で正座だ。
「伊勢ヶ崎さん?」
「は~い、おまたせしました~、粗茶ですが」
静かに丁寧に伊勢ヶ崎さんが俺に振るまったのが、高級そうな大きい茶椀に、これまた深緑色のお茶。
それを俺に差し出してきた。わびさびを俺に勧めてきたのだ。
俺は少し戸惑いながらじっと伊勢ヶ崎さんの茶を見て、ゆっくりと茶碗に手を伸ばす。
緊張で手元が震えたが、俺の精神力は80以上を自負する俺は冷静に対処。
茶を口に含むと、やっぱりものすごく苦い。
「苦っ」
「やっぱり苦いですか……ごめんなさい」
「あ、えと……俺はそう言うのに慣れていなくて……ごめん」
俺はうつむく伊勢ヶ崎さんに素直に謝った。
目の前の伊勢ヶ崎さんは、すぐに俺に対してにっこり微笑んでいた。
伊勢ヶ崎さんを見ながら、俺は単純に疑問を口にした。
「そういえば、なんで俺のところにこの前にお見舞いに来たの?」
「日直だからです、でも間違っていませんでした。私の頼みを聞いてくれそうですから」
穏やかに言われると俺も強く言い返せない。
伊勢ヶ崎さんは、それほどおしとやかで独特の空気を出す。
「頼み?」
「そうです~」
伊勢ヶ崎さんは照れた様子で間延びした喋り方で俺に言ってきた。
余りクラスでも話したことがない俺に、なぜここまで近づいてくるのかを。
「実はお願いがあります、菅原く~ん」
「お、おう」
おっとりした喋り方の伊勢ヶ崎さん、少し調子が狂うな。
「実は私はストーカーに遭っていたんです」
「ストーカー?それは大変だ」
前に座る伊勢ヶ崎さんは、天然風で大和撫子だ。
ブレザーを着ていても、その奥ゆかしくて可憐な伊勢ヶ崎さんを狙う輩がいてもおかしくない。
だけどまだ俺は引っかかるものがあった。
「でもなんで俺なの?」
すると、難しい顔で伊勢ヶ崎さんが考え込んでいた。
にこにこしながら、少し間が空いて頷いた。
「菅原君ならきっとできると思ったからです」
「それはあまり理由にならないと思うけど」
「いいえ、菅原君は全ての条件を満たしています」
伊勢ヶ崎さんの真意がまるでよくわからない。
そう言いながらそばのお盆にある羊羹を俺の前に差し出してきた。
薄いピンク色をしていて、つやつやした羊羹。
「羊羹?」
「この羊羹おいしいですよ、どうぞ~」
差し出してきた佳乃はそう言いながらも自分で羊羹を一個食べて、とろけるような笑みを浮かべた。
話の論点がすり替えられたが、差し出されたので羊羹を俺は頂く。
「うん、うまい。これって、高いんじゃ……」
「いいえ~この羊羹は私の手作りですよ~」
「えっ、すごいね」
「いいえ~、羊羹は作るのが簡単ですよ。寒天とお砂糖とあんこがあればできますよ」
「すごいね、伊勢ヶ崎さん料理美味いんだ」
「いいえ~それほどでも~」
大和撫子、そんな言葉が伊勢ヶ崎さんに当てはまっていた。
「あの……それより何の話を」
「そうでした~、じゃあストーカーの話しますね~。
私はストーカーの被害に遭っていました。そこでストーカーを懲らしめてほしいです~」
「懲らしめてほしい?俺なんかよりも警察の方が……
俺は近接格闘の数値が30前後のモブキャラだし」
前回の戸破のこともある、俺はふがいなかった。
結局純花に助けられたんだよな。そんな情けない俺が強いはずがない。
「いいえ~、菅原君が一番適任ですよ~」
「意味が分からない。詳しく教えて」
「えと……今週末、私は買い物行きますので、後ろからついてきてほしいんです~
そこで全てがわかりますよ~」
「なぜ、買い物?」
「今は秘密にしておきますよ~、でも絶対ストーカーが現れるんですよ~」
「まあ、しょうがない。いいよ」
伊勢ヶ崎さんの真面目そうでおっとりした喋りに俺は観念した。
俺の承諾に、伊勢ヶ崎さんはやはり笑顔で顔を近づけてきた。
めちゃくちゃかわいいし、大きな目に吸い込まれそうだ。
自然と俺の頬は赤くなっていく。
「ありがとうございます~。
それじゃあ日曜日、駅の南口で、時間は十時でお願いします」
「えっ、うん」
軽く承諾したが、なんだか変だ。
まるでこれじゃあデートじゃないか、伊勢ヶ崎さんこれってもしかして俺の事が……
などと想像を膨らませると、俺は悪い気がしなかった。
「でも俺なんかでいいんですか?伊勢ヶ崎さん」
「佳乃って呼んでください、そのかわり菅原君て呼びますね」
いつも俺のことを『菅原君』って言っているけど、かわいいから許す。
「あっ、そろそろ時間だから……」壁時計を見て、夕方五時を過ぎていた。
「何かあるの、伊勢ヶ崎さん」
「佳乃……です」
「あっ、ごめん佳乃」
「今日はこれぐらいにしましょう、またお茶会に付き合ってくれますか?」
「お、おう……」
なんだか俺は少し照れて返事をしてしまった。
それを見て、クスリと笑った佳乃はやっぱりかわいかった。




