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リビングの時計は時を刻む。
真夜中のリビングで俺と戸破は難しい顔で向き合っていた。
真剣な顔を見せている俺と逆に反笑いの戸破。
俺には一応押しかけ彼女がいる、リア充を強要するとんでもない女だ。
そんな女がよく言う言葉が『愛』という単語だ。言うだけでかなり恥ずかしいが。
だけどそれでも戸破の興味をひければ十分だ。半笑いで戸破が俺を見ていた。
「馬鹿じゃねえの、『愛』だって、何言っているんだよ。
彼女でもできて頭でもおかしくなったんじゃねえか?」
「ああ、出来たさ。前に家に連れてきただろう」
「あいつか……お似合いだな。てっきりゲームの中の恋人かと思った」
「ゲームに恋人はいない、パラメーター要因だ」
「そういえば兄貴はそうだな」
と戸破の目尻が少し緩んだ気がした。リビングの空気が和らいでいた。
「戸破こそ、恋人はいるのか?」
「いるわけ……ねえよ」
「濁したってことは55%の確率で怪しいな。
戸破は昔みたいに髪を元に戻せば、かわいいところもあるし」
「かわいかねえよ、あたいはむしろクールでかっこいいんだ」
「ま、そういうところもある」
ちょっと見た目のことを言われて、戸破は照れていた。
戸破も女の子だ、好きな人の話になると自然と頬が緩む。
「で、愛ってなんだよ?」
「俺もお前も同時に同じだけの愛を受けて生きてきた」
「は?誰に」
「親だ」
「親?馬鹿なこと言っているんじゃ……」
「親はな……無償の愛を与える存在なんだ!」
俺はそれでも戸破の言葉にかぶせて言った。
戸破はその言葉を聞くなり、首を傾げて急に不満そうな顔を見せていた。
「無償の愛だと……馬鹿にするな!」
「俺は大まじめだ!親もそうだ!」
「兄貴は何もわかっちゃいない、あたいと兄貴は全然違う。
頭の良さも、料理も、水泳さえも。全部あたいは劣っている」
「水泳負けたのは悔しいのか?」
「あたりめえだろ!」
そう言いながら、俺に持っていた包帯をブン投げてきた。
俺はその包帯をしっかりと右手で受け取った。
「ああ、当り前だ。でもそれは体格差だと俺は思う」
「それでも負けた事には変わらない……」
「男と女、中二と中三、負ける要素は充分にある。
この時期の体は成長期だ、クロールのタイムだって変わることがある。
それにあの一戦負けて、お前の全てが否定されたというのか?」
「ああ、そうだよ!そのおかげで周りが全て変わった」
戸破は堂々と怒鳴った。それと同時にリビングの空気がピリピリしたものに変わる。
「何がお前の全てだ?水泳か?」
「あたいは頭もよくない、陸上も苦手だ、友達も少ない。
そんなあたいが、兄貴に勝つには水泳しかなかった。あたいはずっとそう思っていた」
戸破は悔しそうな顔で歯をギリギリさせていた。
だけど俺はそんな戸破に優しいまなざしで見ていた。
「でもそこで俺に水泳で負けて親は見捨てたか?」
「ああ……あたいは劣等生だと思って見下したさ。
結局人間は比べるのが好きなんだよ、あたいの全てが兄貴に何一つ及ばないんだ。
こんなあたいは、何のためにここにいるんだ?なぜここで生きているんだ?」
「さあな、お前が何のためにいるのかは関係ない」
「なんだと、あたいの居場所はどうなってもいいのか!」
「それでもお前の居場所はここだ」
俺は静かなリビングを見回した。
言った後に静かになるリビング、俺と戸破しかいないリビング。
ソファーにテレビ、カーテンが閉まったどこにでもある家庭のリビング。
それでも親子喧嘩の傷跡がソファーや家具にいたるところにあった。
薄暗いリビングで、俺と戸破はじっと見つめていた。
戸破は俺から目を逸らして、気まずそうな顔を見せていた。
「あたいの居場所が、ここなわけ……」
「無償の愛だからな。それが俺たちはここにいられる理由だ」
「無償の愛って……なんなのさ?」
「親が子を愛することだ。親は子が生まれた時に愛情が生まれている。
それが無償の愛、何の見返りも求めない、何の要求もしないが愛し続けるんだ」
「無償の愛……あたいも愛されているのか?」
「当然だろう、俺たちの親は平等に愛しているからな」
俺はやっぱりそれを言い張った。
それと同時に、戸破は力がぬけたようにその場にしゃがみこんだ。
胸に手を当てて何度も『愛』をうわごとのように呟く。
「あたいにもある……無償の……愛」
それは戸破が今までのことを思い出して、愛を感じた瞬間だった。
そんな小さくもかわいい妹に、俺は何年振りかに頭を撫でてあげた。




