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DSPの画面は、それからしばらく牢屋のシーンが続いていた。
檻の中で鎖がついた手枷をつけられていた。
大臣と言えど女王に逆らえば反逆罪だ。それは女王が絶対だからに他ならない。
そんな俺はゲームの進展もないと判断し、自分のリビングに来ていた。
二階に続く階段は、必ずこのリビングを通らないといけない。
今日も徹夜でリビングの中央のソファーに座って待っていた。
時間は朝の四時過ぎだ、昼間の学校では眠くてしょうがない。
DSP片手にリビングで俺は待っていた。
母親は眠っているが、起こす必要はない。これは俺が片づけないといけない。
このまま戸破の夜遊びを許せば、戸破には殺される未来が待っているのだから。
時折ジュエル☆クイーン♡スクーリングを見るが、クリスタルゲージは既に二割を切っていた。
(俺が戸破に伝えないといけない)
ゲームの中でアズライトこそ戸破が、誤解しているのを俺は知った。
エメラルド女王の言葉は、戸破が思っている母親の姿だ。
戸破の記憶が、あの無慈悲な女王を作り出していた。
だとすれば、俺は戸破のために誤解を解かないといけない。
(それはたった一つ……)
俺のいたリビングに、戸破がようやく帰ってきた。
夜遅くの戸破は、相変わらず不機嫌そのものだ。だけど歩き方が少しぎこちない。
灰色のスエット姿だけど、顔には赤いあざを絆創膏で隠していた。
「戸破、俺はお前に話がある」
「あたいはない」
「何を言う、けがを……」
「構うな!」
俺の手を払った戸破は相変わらず俺に言うが、肩を抑えていた。
戸破のスエットがヨレヨレになっていた。
食い下がらない俺は戸破の肩を乱暴に掴んだ。
「戸破、そこ座れ」
「やだ」
「座れって、けがしているだろ」
俺は無理矢理戸破をソファーに座らせた。
なるほど、戸破の膝が赤くはれていた。
俺は救急箱を取り出して戸破のけがの治療に当たった。
ガーゼを取り出して、丁寧に消毒液をつけた。
丁寧に手当てする俺におとなしく従う戸破が、急に俺の頭をひっぱたいた。
「しみるだろ!」
戸破は痛そうな顔で、俺のことを突き飛ばした。
ジャージ姿の戸破は険しい顔で俺を見下ろしていた。
「クソ兄貴、けがの手当て一つもできないのかよ!」
「戸破、いつまで続けるんだ?」
「はあ、何言っているんだよ?あたいはいつも同じだ」
「お前はいつまで不良を続けるんだ?」
「うぜえ」
そう言いながら俺を蹴とばそうと右足を振り上げた。
だけど、戸破は俺のことを蹴とばさなかった。振り上げた足を下ろして俺のことを睨んでいる。
冷たい空気が俺と戸破の中に流れた。
「膝をけがしているんだぞ……喧嘩でもしたのか?」
「……いいだろ、あたいの勝手だ」
「俺はお前が心配なんだ」
「ふざけるなよ!心配なんかするな!」
戸破は叫んだが、俺は立ち上がって戸破を見返した。
避けてはだめだ、だから戸破をしっかりと受け止めないといけない。
「あたいは仲間のために生きている、仲間のために生きている。それ以外はない」
「それは偽りの仲間だ」
俺はじっと憤る戸破を見ていた。
目を逸らすことなく、落ち着いた顔で戸破を見上げていた。
「やっぱり蹴り飛ばす」
そう言いながら、俺の腹を右足で蹴とばした。
だけど蹴りの力は弱く、あまり痛みもなかった。
むしろ立ち上がる俺に、戸破はふてくされていた。
「いいだろ、寝る!」
「寝るなよ、俺は話がある。そのためにお前を待っていた」
俺はそう言いながら立ち上がって戸破の肩を手につかんだ。
戸破は抗うことはなく、冷静に俺を見ていた。
「なんだよ、兄貴はずっとヒイヒイと怯えていればいい。
あたいには仲間がいるんだ、何もなかったあたいには……」
「お前は何もなくない、ちゃんと家族があるじゃないか」
「クソつまんねえ、何がこんな家族に意味がある?」
「お前には俺たちがついている、なにも悲観することはない」
「なんだよ、あたいは諦めているんだ」
戸破は急にそんなことを言われて、だんだんと弱気な顔に変わっていく。
だからこそ俺は伝えたかった言葉があった。
「お前に母親にもう一度会わせる。そしてお前を再び水泳に向かわせる」
「頭おかしいのか、クソ兄貴が……」
「戸破、母親はお前のことをどう思っているのか知っているのか?」
「しれたこと、できの悪い娘だと思っているさ。
優等生のできのいい兄貴にはあたいのことなんか絶対分からねえよ」
「お前は『愛』という言葉を知っているか?」
俺の顔を見て戸破が眉をひそめていた。
嫌そうな顔をする戸破に対して、俺は口元に笑みすら浮かべていた。




