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緊迫したリッチバルの会議場。
領主や軍団長、女王や親衛隊までもこの狭いエリアに集まっていた。
ライチョウ軍の残党は、全てエメラルド女王に投降していた。
エメラルド女王の勝利は揺るがない、アズライトの裏切りであっても覆らない。
ずっと黙って成り行きを見守った俺にようやく行動の機会が与えられた。
俺の目の前に出てきた選択肢は三つ。
『エメラルド女王に提案をする』
『反逆者であるアズライトに剣を向ける』
『王族内のいざこざだから、無関係の大臣はその場を退出する』
でもここで選ぶ選択肢と言えば一つしかない。
「エメラルド女王!」
俺は前に出た。俺の叫び声と同時にエメラルド女王は顔を向けた。
顔の輪郭しかないエメラルド女王は、全く表情を読み取れない。こういう相手は交渉が難しい。
「なんだ?大臣よ」
「女王陛下、アズライトの処分は俺に任せて……」
「ならぬ」あっさり拒否した。
すぐにエメラルド女王は、アズライトの前に歩み寄って剣を振り上げた。
アズライトは傍らにいた兵士に両腕を抑えられて、エメラルド女王を見上げた。
アズライトは抵抗する様子もなく、ただ悲しそうな顔で女王を見ていた。
それでも俺は回り込んだ。
「俺は大臣です、教育大臣として彼女を教育する責任があります」
「だが教育が失敗した、アズライトは裏切った。ならば処理をするのが親の役目だ」
「違う!」
すると、画面には俺の前にエメラルド女王が現れた。
やっぱり黒い顔は明らかに違和感があった。
「反逆は死刑、それを覆すと民衆に示しがつかない」
「アズライトはあなたの愛を受けていない」
「愛など必要ない、女王には何にも屈しない強さがあればいい。
大臣よ、お前は数字が大好きなのだろう。
ライト王子の総合パラメーター値は1654。
だが今のアズライトの総合パラメーター値は1257。
総合的に見て400近い開きがある、どちらが優れているかわかるだろう」
エメラルド女王は俺に数字を言い放った。
アズライトのパラメーターは確かにセレスタイト(純花)よりも低い。
にしてもライト王子の総合値1600って……俺じゃないよな。
「でもアズライトはいくつも特化した能力がある。
アズライトは運動が得意なんだ、運動系のパラメーター値は平均すると80台。
これはセレスタイトにもない高い能力です」
「運動だけで何ができる?ライト王子は知力系が80台だ。
今は運動よりも頭のいい人間が王にふさわしいのだぞ。だがアズライトの勉強系は低かろう」
エメラルド女王の指摘は間違っていない。
アズライトの知力系は最高常識の41、平均すれば20以下だろう。
痛いところを的確にエメラルド女王はついてくるな。
それでも俺はエメラルド女王に引き下がらない。
待てよ、ライト王子が俺ならエメラルド女王は……そうか。
俺はようやく理解した、エメラルド女王の考えが。
「分かったんだよ、俺は」
「何がだ?」
「お前は所詮、全部の中の一部なんだ」
「なんだと」エメラルド女王が少し怒った口調に変わった。
それと同時に、衛兵たちが俺に一斉に剣を向けた。
まるで異物を見るかのような目で。
「一部ってどういう意味だ?」
「お前の性格を形成しているもの……それは戸破の記憶。
戸破が見た母親の姿なんだ、だからあえて言おう。
今から俺はアズライトに……いや戸破に見せてやる」
「ほう……面白い。衛兵ども」
女王が声をかけると、兵士たちが「はっ」と声をそろえた。
衛兵は剣先を俺の方に向けてきた。
「ここにいる反逆者全員を、エメラルド城の牢に閉じ込めておく。
処分は数日後、あたらめて行おう」
女王の号令と共に、ガチャガチャと音を立てて衛兵が動く。
間もなくして、俺の目の前の視界が真っ暗くなった。




