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ジュエル☆プリンセス♡スクールにも、突発的なイベントはあった。
前にいた長髪男は、間違いなくコンビニで襲ってきた『榊』と本当にウリ二つだ。
乱入により、瞬く間に別館の部屋は緊張と喧騒に包まれた。
「榊……」
「あれ……君は見た顔だね……たしか……裏切り者の白ドワ太」
サカキは俺に向けて言っているが、実際は俺の足元にいるドワ太だ。
白の帽子をつけたドワ太の姿も見えた。剣を構えているが、すぐに下ろした。
こいつの顔を見ただけで、忘れようとしていたリアルが頭の痛みと共に蘇った。
屈辱が、憎しみが湧き上がった。俺がこんなに憤る相手も珍しいだろう。
そして、サカキもまた俺に顔を見せるかのように視線を上げた。
不敵な笑みを浮かべながら。
「ライチョウ軍!」
「正解。じゃあ今から、お前たちはここでどうなる?」
「お前を許さない」
俺はきっぱりと言っていた。だけどサカキは高笑いだ。
ゲームの中の悪役だけど、俺はあいつを許せない。俺の命を破壊したこいつを。
一瞬にして怒りと嫌悪感の感情が込みあげてきた。
「何がおかしい?」
「お前は大臣だよな、大臣なのに女王候補に嫌われているんだよな」
「なんだと……」
「お前よりも俺たちといる方が楽しいんだ、何もお前は分からない。
アイツの苦労も、苦しみも、痛みも」
そんな俺はアズライトを見ていた。
アズライトは難しい顔で、サカキを見ていた。
引け目はあるかもしれないが、アズライトはサカキのそばにいた。
「ごめん……大ちゃん」
「アズライト!どういうつもりだ?」
「ボクは分かんなくなったよ」
アズライトは絞り出すような小さな声で話してきた。
うつむいたアズライトは元気さもない。表情に影があった。
何より水泳対決で負けた戸破にそっくりだった。どこか虚ろで、諦めや疲れたような顔。
「なんでだ?アズライトは……」
「ボクは愛されていない」
「そう、愛されていない。アズライトは実に可哀そうな姫君じゃないか。
エメラルド女王の実の娘にして、女王候補にとどまっている。
本来ならばアズライトを女王にするのが筋なのにそうはさせない。
不毛な女王候補として争わせる、なんとも酷い話だろう」
「そんなこと……ない」
「あるさ」
サカキはいともたやすく俺の言葉を否定した。
アズライトは否定も肯定もしないでうつむいていた。
なんで何も言わないんだ、アズライト。
「というわけで……アズライトを渡してもらおうか」
「断る」選択肢は出ていたが、迷わず答えた。
それを見てサカキはニヤニヤと笑っていた。
「ほう、断るか」
「当り前だ、教育大臣たる者クイーンをお前ごときの下賤の輩に渡す理由がない」
「そのアズライトが俺に惚れているとしたら」
「そんなことはない!」
「それが言いきれるのか?お前はアズライトからすべてを奪った。
アズライトの一番の武器を奪ったのだ」
「くっ……」
俺はサカキからこんなことを言われるのはイヤでしかない。
唇をかみしめながらサカキをじっと見ていた。
「今ここにいるアズライトも、そのうちお前から奪われる運命だ。
あの時みたいに、お前はアズライトの全てを奪う。
そうすればアズライトはお前から離れる運命だ」
「離れたりしない……」
「でもエメラルド女王から愛想をつかれているだろう」
サカキは立て続けに嫌な事ばかり俺に言ってくる。
だからこそ俺はじっとサカキを見ていた。
それは戸破の今と重なっていたから。
「彼女は何も残らない、故に誰からも愛されない。
それはアズライトの未来、人が愛されなければ人は人でなくなる」
「なんでそんなことを言う?」
「お前が徹底的に奪うからな、アズライトの存在そのものを。俺もそうだ」
サカキの言葉を聞いて、俺は胸が苦しくなった。
きっとこのサカキは戸破の中の榊の声なのだろう。
それは戸破の心の声だと俺は分かっていたから。
「だからよ、ダメ人間にはダメ人間が必要なんだ!」
「俺は……教育係として」
愕然とした自分の能力、そんな時にいきなり出てきたのは一人の人物。
いきなり捕まっていた兵士たちに援軍が来た。
奥に見えたのはエメラルド王国の正規兵の旗印。
豪華で屈強な兵士たちがあっという間にライチョウ軍の残党を蹴散らしていく。
さらに奥には気品漂う一人の女王が控えていた。
「やっとお出ましか」
サカキはそういいながらも、舌なめずりをしていた。
いつの間にはそこは、一地方都市の領主の別館とは異なった空気が流れていた。
たった一人の存在で、この部屋の空気を変えるほどの存在感を持った人物だった。




