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二日後、俺は学校でいつも通り数学の授業だ。
学生としての本分がある、制服姿の俺は授業に普通に参加していた。
これでも俺は真面目に学校には参加しているからな。
一限目に小テストを受けた。
小テストを終えたのち、休み時間を迎えた。
俺の通う岩本高校は、これでも富山有数の進学校だ。
偏差値の高い生徒が県内でもトップクラス。
中でも俺のいるA組は、エリートの集まるクラスであった。
将来はこの中から官僚や弁護士も出てくるだろう。
でも、俺は一介の銀行員で十分だ。
上司にたてつかない銀行員で、永遠に数字を見る日々が俺のささやかな将来の夢だ。
そんな岩本高校の校則は、偏差値が高いことからか意外と自由だ。
私立の進学校の割には、校則はゆるくバイトも認められていた。
実際のところ、純花もファミレスでバイトをしているしな。
授業中でなければ、休み時間にゲームをしていても問題ない。
人によっては成人向け雑誌なんかを持ってくる者もいるが、ごく少数だ。
もちろん俺の休み時間の日課は、DSPだ。
最近は『ジュエル☆クイーン♡スクーリング』をつけ、アズライトのパラメーターを確認していた。
(水泳はさすがに92か、陸上も90とやはり高い。
まあ、勉強系は基本的に30以下だから、社交も低いがダンスは高い。
パラメーターにかなりばらつきあるな、昔から戸破はスポーツ万能だからな。
それ以上に気になるのが格闘73か……純花の方がやはり高いな)
休み時間にDSPのゲーム画面を凝視していると、いきなり俺の背後に人の気配。
殺気を感じて俺が振り返ると、そこには制服姿の純花がいた。
一瞬首関節をとろうと手を構えたが、俺が警戒して純花は構えをやめた。
「ミツノマル、またゲーム?」
「ああ、純花か」
「へへっ、ミツノマルになんだか会いたくなった」
「隣のクラスだろ、純花のクラス」
「ねえ、一時限目数学だった?」
「ああ数学、抜き打ち小テストだったぞ」
俺の言葉を聞いて、純花は少し嫌そうな顔を見せた。
そう言えば、純花は理系知識のパラメーターが43だっけ。
「純花は文系だからな、数学は苦手なのは分かる」
「でしょ、なんで数学だけ抜き打ちテスト多いのよ」
「知らん、教師の趣味じゃないのか」
「ううっ、とんだ悪趣味ね」
純花と最近は、たわいない会話ができるようになった。
元々そうなのだけど、純花の言葉をよく聞くようになった。
そんな純花は阿弥野ケ原で見せた涙も、震えも、怯えさえも今の彼女には微塵もない。
学校で見せる彼女の素顔はただ明るかった。
裏を返せばやかましいともいえるが。
「両親とはうまくいっているのか?」
「もちろんよ、今まで以上に分かりあえた気がするの……それに」
「それに?」
純花は俺に一生懸命顔を見せてきた。
何かに気づいてほしそうな目で俺を見ていた。
だけど俺は純花の変化も分からないし、空気を読むパラメーターは低い自負があった。
「なんだよ?」
「バカ!なんでわかんないのよ、髪!」
「ああ、髪切ったのか」
「切っていないわ、鈍感ミツノマル!」
やっぱり急にふてくされた純花。
純花の顔はあっという間に怒り顔だ。感受性の高さがそうさせた。
マズいな、怒らせるとまたヘッドロックが来そうだ。
「じゃあなんだよ?悪いけど俺は空気を読むのが苦手だ」
「もういい、せっかくヘアピンを貰ったのに」
「ああ、ヘアピンか」
言われて純花はヘアピンを見せてきた、ピンクの金具に花をあしらったヘアピンだ。
少し古い型のヘアピンで、金具のメッキが取れているように見えた。
「それは?」
「よくぞ聞いてくれました」胸を張った純花。
(強引だな)と心の中で思いつつ「で?」と相槌を打つ。
「これはね、ママ……といっても産みのママよ。
ママがあたしの頃の年齢にしていたヘアピン。あたしにプレゼントしてくれたんだ」
「産みのママって……高校生と大学生でやってお前を産んだ大学生の方だな」
「えと……そうなるわね」
なんだか純花の顔が急に赤くなった。
それと同時に俺も口にしては恥ずかしくなっていた。
「でも親って本当に裏切らないものね、森本さんもあたしのことを覚えてくれていたから」
「ああ、そのようだな」
「ちゃんと聞いている?」
「聞いているよ」
純花の殺気が消えたので、俺は片手間でゲーム画面を見ていた。
そんな純花はなぜか目の前で顔をずっと赤くしていたようだ。
「ねえ、あたしたちも子供欲しくない?」
いきなり大声で言う純花の言葉に、クラスの視線がすぐに俺らの方に注がれていた。
賑やかな休み時間が一瞬にして静まり返った。
まるでそれは俺の言葉を待つかのように。
純花は俺に対して、DSPを閉じた俺もいつのまにか赤い顔になっていた。
困った顔で、一番言葉を待っている純花に俺が言った一言は、
「そういう話は……こんな人前でするなよ」
純花にだけ聞こえる小さな声で諭した。




