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俺と純花の二人で岩山の狭いエリア。
山々に沈んだ太陽は、徐々に周りを暗くしていく。
あの一言の後、純花と俺はずっと見ていた。
これほど緊迫した空気が、純花と俺の間に流れたことはない。
純花と俺の間に流れた空気は、夏でもひんやりと冷たかった。
「あたしはあたし?」
「そうだよ。なんでお前は、今まで当り前のことに気づかなかったんだ。
いつも無茶苦茶で、わがままで、でも両親が好きな純花。
俺にいつもプロレス技をかけくる純花。
学校で変り者と言われながらも、常に前を向いてポジティブな純花。
それが養子であろうがなかろうが変わるものか!」
「もう、気持ちはないわ!あたしに対する気持ちが」
「それでも純花の家族は純平荘の一家だよ!
だって、お前のことをあの両親は愛していたんだぞ!」
「……うん」
後ろめたい表情で、純花はじっと何かを考えているようだった。
俺は純花の方に歩み寄った。
すぐ目の前に純花、しかも両手で純花に触れていた。
「近いよ……」
「純花は感情の起伏が激しい。感受性のパラメーター94も納得だ」
「なにそれ、またパラメーター?」
「パラメーターで人間は成り立っている、人に対する絶対評価だ」
「こんな時に、ミツノマルはロマンが足りないわよ」
「そうだな、だけど変わらないものがある。
何度でも言うよ……純花、お前はお前だ!」
俺の二度目の言葉に、前にいた純花の目には涙があふれていた。
大きくはない純花の体が、これほどまでにか弱くさえ感じられた。
「あたしは……光輝……」
「純花……ごめんな」
「なんで謝るのよ、バカ!」
「お前のことをちゃんと見ていなかったんだ」
「だったら……」
だけど俺が純花を抱き寄せようとしたとき、純花の足が滑った。
いや、純花の体が下に引っ張られていくのを感じた。
「えっ」岩場に足を滑らせた純花の体が下がった。
純花の足場がちょうど俺と純花の間んも岩場にひびが入っていた。
「純花っ!」
手から零れ落ちる純花を、俺はかろうじてつかんだ。
だけど純花はなんというか……重い。
右手では確実に下の方に引っ張られた。
だから両手でかろうじて純花の手を握っていた。
「クソッ、俺の腕力じゃ」
「ミツノマル、ダメ!離して!」
「馬鹿なこと言うな、離せるわけ……」
だけど両腕は明らかに痛みがあった。
ここで純花を落としたら、何のために立ち直ったのかわからない。
額から噴き出す汗、腕にかかる痛み、だけど純花の手は離さない。絶対に帰るんだ。
「ミツノマル……離すよ」
純花は手を放そうとしていた。俺の足場も危ないのが見えた。
足場が悪いうえに、二人の体重がかかっているからだ。
突き出す崖から落ちたら……下は暗くて見えない。まさに奈落の底だ。
「あきら……」
だけど次の瞬間、純花は俺の手を離した。
下に落ちる純花は、そのまま落ちていった。
しかし俺もまたピンチだった、足場の崖がビキッと嫌な音を立てていた。
「クソッ!」俺は崩れそうな岩場から横に飛んで離れようとしたが、かすかに足りない。
俺は一瞬にして自然落下を覚悟したが、俺の前の方から手が見てきて俺を引き上げた。
そして反射的に、俺はその手を掴んだ。
指が長いその手は……
「も、森本さん」
そこにいたのは長袖の森本さんが驚いた顔で俺の手を引いていた。
「大丈夫?」と一言声をかけてきた。そこにいた森本さんは安堵の表情を浮かべた。
「純花が、純花が……」
俺は森本さんに助かったと思ったら急に、純花のことを心配していた。
純花は奈落の下、崖から落ちたのだ。
でも、森本さんは落ち着いていた。
「大丈夫、下には白馬の王子様がいるから……いやちがうな。白髪のおじさま……かな」
そんな森本さんは笑顔を見せていた。




