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ここはどう考えても山奥だ。
空気がきれいで、山が壁のように連なっていた。
『奈月温泉郷』は、山の中にある温泉街だ。
温泉街は事実上の小さな集落のような場所で、純花は小学校から電車通学していたらしい。
俺たちは奈月温泉郷にある民宿『純平荘』に来ていた。
純平荘は二階建ての一軒家を改築した建物、敷地内には離れもちゃんとある。
純花の実家は民宿を経営していて盆や正月は特に忙しい。
猫の手も借りたいので、いつも猫の代わりに俺の手が使われていた。
まあ俺の両親が新婚の頃から、この民宿に泊まっていた関係もあった。
富山の外れにあるこのあたりは絶景の秘境と言ってもいい。
「すっげえ山奥!」
毎回俺は、二階の廊下の大きな窓から見える山脈を見ながら言うのが通例だ。
今、俺は緑色のシャツに黒のジーンズをはいて窓に前で山を見ていた。
すると、下の方から声が聞こえてきた。
「菅原君、二階の柊の間をお願いね」
と、遠くから女性の声。声で分かった、純花のママだ。
一階の洗い場の方から指示が飛んで、俺は「は~い」と言いながら二階へ来ていた。
日本的古風な民宿の二階の中で、『柊の間』を見つけた。
客間では広げっぱなしの布団があった。
(布団もしまえないんじゃ、いい大人になれないぞ)
最近は大人でも布団をかたづけることができないらしい。
随分社会もすさんだものだ、この客のモラル値は50以下だな。
などと心の中で思いつつも口に出さず、布団をたたんで片づけていく。
布団を両脇に抱えて、階段を下りるのがまた一苦労。
ここのバイトは足と腕にくるな。階段も結構きつい勾配があるから、慎重に降りていく。
俺は重そうに抱えながらも布団を一階まで運ぶ。そのまま洗面所まで運んで行った。
結構な重労働だ、普段腕の筋肉を使っていないので筋肉痛になるぞ。
すると、初老のおばあさんのような純花ママが笑顔を見せていた。
白髪交じりの髪で、紫のエプロンをつけた穏やかなおばあさんだ。
「ご苦労様です、菅原君。大変ねぇ」
「いえ、これぐらい。どうってことないですよ」
「そうなの。力持ちで頼もしいわ、菅原君。あとは松の間もお願いできるかしら?」
「は~い(また二階か……)」
再び純花ママに言われて、俺は反対側の階段を目指して廊下に歩いていく。
その廊下に通りかかった桜の間で、純花と純花パパが部屋にいた。
純花は腕を組んで睨み、純花パパは低頭な姿勢だ。
「だからどうして決めちゃうわけ、最低!」
純花が明らかに純花パパを睨んでいた。
「本当にごめん、純花。この通りだ、だからもう素直に……」
「絶対いやよ!」
腕を組んで睨んでいる純花は、不機嫌そのものだ。
面白くないことがあると純花は口をヘの字に結んだこの顔をする。
いかにも不機嫌と分かりやすい、感受性は高いな。
「純花?どうした?」
「えっ……」
何気なく、俺が近づくと純花と純花パパは驚いた顔を見せた。
特に純花は、慌てて取り繕う笑顔を俺に見せてきた。めちゃくちゃ怖いが。
こういう時は、たいてい純花のアームロックが急に来るので警戒しないといけない。
「あっ、ミツノマル!なんでここに?」
純花が不満そうな顔で俺を見ている間に、純花パパは何か書類のようなものを乱暴に胸ポケットにしまった。
不審に思った俺はすぐに追及する。
「それって?」
「なによ、さっさと仕事しなさい!」
「ごめんね、大した用じゃないんだ……本当にごめんね」
純花パパも元気なく苦笑いを見せた。
だけど顔が明らかに引きつっているようにさえ見えた。
「どうしたんですか?純花パパさん、顔色かなり悪いですよ」
「大丈夫です、ちょっと……ね」
「ほら、出ていきなさい!あたしとパパはすぐに仕事に戻るから」
「純花……プライベートの事じゃ……」
「アームロック、右と左どっちがいい?」
純花はそう言いながら、怖い顔で俺の前に腕をポキポキと降りながらやってきた。
まるで本物のプロレスラーのような殺気を放つ。
いや、本物以上にたちが悪い。
そのまま純花の迫力に負けて、俺を邪魔者のように締め出した。
和室の桜の間から俺は追い出されてしまった俺は、じっと桜の間のふすまを見ていた。




