07.銀世界
お待たせしました。
久しぶりの更新です。
掌に冷たいものを抱え、オフィーリアはそれを目的の場所まで慎重にしかし迅速に運ぶ。いつもならノックをして了承を得てからしか入らない部屋に今日は何も告げずに侵入する。そして未だベッドですやすやと穏やかな寝息を立てているその人の上に容赦なくそれを落とした。
「冷たっ!」
「おはようございます、クレヴィスさん!」
にっこり笑顔で言えば、勢いよく起き上がったクレヴィスはオフィーリアの顔を見て目を瞬かせる。そして自分の顔にかかった冷たいものの正体を知った。
「………雪?」
「はい!」
嬉しそうな満面の笑顔をクレヴィスに向け、オフィーリアは彼の腕を引きベッドから引きずり出す。そしてそのまま彼を窓際まで連れていく。
「何なの?俺まだ眠いんだけど。大体、勝手に人の部屋に………。」
ぶつぶつ文句を言っていたクレヴィスだったが、オフィーリアによって開けられたカーテンの向こうの景色に言葉が途切れる。
そこは、眩いばかりの銀世界だった。
「すごい。」
感嘆の言葉を漏らすクレヴィスの瞳は子どものように輝いていた。そんな彼の瞳を見ているとオフィーリアの心に温かいものが溢れてくる。
今朝、オフィーリアは興奮したアルシオによって起こされた。そして先ほどのクレヴィスのように窓際に連れて行かれ、この雪景色を見た。セントレスは比較的温暖な地域であり、雪が降っても積もることは殆どない。だから今回の様な銀世界はそうそう見れるものではないのだ。
あの人にも見せてあげたいな。
景色を見たオフィーリアの心に浮かんだ人はクレヴィスだった。
オフィーリア脱走事件から暫く、クレヴィスはなるだけオフィーリアと関わろうとしている。相変わらず口は悪いし、日が沈んでからは会ってくれないが昼間の時間は文句を言いながらもお茶に付き合ったり、同じ空間で本を読んだり………。些細なことだけれど今のオフィーリアにはとても大切な時間だった。なるだけ多くのものをクレヴィスと見て感じたい。オフィーリアはそう思っていた。
ふと手に温もりを感じて顔を上げる。手を包んでくれた人、クレヴィスを見上げ、オフィーリアは首を傾げる。
「クレヴィスさん?」
「“さん”いらないから。」
ため息をつきながらオフィーリアのもう片方の手もとり、両手をクレヴィスの手で包まれた。少し骨ばった綺麗な手だがオフィーリアの手よりも一回り以上大きい。そのため彼女の手はクレヴィスの手にすっぽり覆われてしまった。
「全く、人の部屋に勝手に入って来たと思ったら雪はかけられるし、手はこんなに冷たくしているし………。」
呆れたような物言いにオフィーリアは俯く。あまりに綺麗な景色を見て浮かれ過ぎていたのかもしれない。一緒に見たかった。でもそれは自分の我儘でしかない。クレヴィスの事も考えず、自分本位に動いてしまったことに今更ながら後悔する。しかし続いて降ってきた言葉はとても優しい声色だった。
「ありがとう。」
「え?」
驚き、顔を上げると自分を見て優しく微笑んでいるクレヴィスがいた。あまりにも優しい表情と瞳にオフィーリアの心臓が跳ねる。頬には熱が集まって来る。
「ありがとう、フィリア。」
名前………。
クレヴィスに名前を呼ばれた。初めて会った時以来呼ばれることのなかった自分の名前。そのことが嬉しくて。嬉しくて、嬉しくて。オフィーリアは自然、柔らかく微笑んでいた。
確かにオフィーリアは華やかなほうではない。だからその笑顔だって大輪の花が咲くような華やかな物ではなく、小さな花がひっそり咲いたような笑顔だった。しかし、それは十分魅力的で、年相応の少女の美しさがあった。
その笑顔に引き寄せられるようにクレヴィスはそっとオフィーリアの額に口付ける。以前は触れられることさえ嫌だったのに、今は嫌ではない。恥ずかしさはあるが、それ以上に心に温かい気持ちが溢れる。ドキドキと落ち着かないのに、彼の隣にいると安らいだ気持ちにもなれた。
「あなたの傍は居心地が良いです、クレヴィス。」
意を決し呼捨てで彼の名を呼べば、彼が一瞬息を飲んだのがわかった。
「………色々心臓に悪い。」
「?」
クレヴィスの呟きが聞こえず首を傾げればなんでもないよ、とはぐらかされた。そしてそのまま額に額を当てられ、互いの吐息がかかるくらいの至近距離で見つめ合う。あまりの近さにオフィーリアは真っ赤になり、そんな彼女をじっと見つめるクレヴィス。しばらくの沈黙の後、どちらからともなく笑いだす。
「フィリアー!」
アルシオの声が城内に響き渡る。そういえば、彼と雪遊びをしている途中だった、とオフィーリアはクレヴィスから放れる。
「さ、遊びに行きますよ!」
「は?」
「私とクレヴィス、ランドール、アルシオで雪遊びです。」
うきうきと話すオフィーリアにさっきの甘い雰囲気はどうした、と突っ込みたくなるのを抑えながら、楽しそうに笑う彼女を見て苦笑する。
「わかったよ。」
2人は部屋を出て外で待っているであろう兄弟の元へと向かう。絶対にランドールにからかわれるだろうと想像しつつ、それもたまにはいいか、と思っている自分にクレヴィスは驚き、そして微笑む。
「クレヴィス?」
笑みを浮かべるクレヴィスの顔を不思議そうに覗き込む少女に首を振り、歩き出す。自分の中に優しく踏む込んでくるオフィーリアと手を繋ぎながら。