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06.縮む距離

 オフィーリアの脱走事件から一夜明けた。目を覚ましたオフィーリアは自室で眠っている自分の姿にクエスチョンマークを頭上に浮かべる。


 昨夜、オフィーリアはクレヴィスの部屋で彼の手当てをしていた。クレヴィスの腕の傷は呪いのおかげか、野獣の姿であったおかげかみるみる塞がっていった。そして朝日が昇ると共にクレヴィスの姿は野獣から人の姿へと変わっていった。疲れていたのか、気がつけばクレヴィスはソファに座ったまま穏やかな寝息を立てていた。彼をそっと横たわらせ、近くにあったブランケットをかけてやった。そこでようやくオフィーリアも一息ついた。


一息ついたその後は?


オフィーリアは自身に問いかけるが答えが浮かんでこない。一息ついたその後からの記憶が全くないのだ。恐らくあの後自分も眠ってしまったのだろうと見当をつけ、オフィーリアは深々とため息をつくとベッドから出て身なりを整え、ランドールがいるだあろう食堂へ向かう。2人して寝てしまったのだ、恐らく自分を部屋まで運んでくれたのはランドールだろうとオフィーリアは考えたのだ。


「おはよう、フィリア。眠れた?」


オフィーリアが食堂に入って来るとすぐに気がついたランドールがいつもと変わらぬ笑顔を向けてくれた。


「うん。それより、私をベッドまで運んでくれてありがとう。」


オフィーリアがお礼を言うとランドールが不思議そうに首を傾げる。


「いや、君を部屋まで運んだのは俺じゃないよ。」


「え?」


「多分主だよ。」


「………そう。」


 ランドールの作ってくれた朝食をとり、オフィーリアはクレヴィスの部屋の前までやってきた。


「クレヴィスさん。」


戸を叩いて名前を呼ぶと、キィと音を立て目の前の扉が開き、クレヴィスが出てきた。自分を見る青い瞳にオフィーリアはぞっとした。とても冷たい瞳をしていたから。


「何か用事?」


「あ、の………。」


「ああ、俺の事を知りたいんだっけ?教えてあげようか。」


「え?」


妖艶な笑みを浮かべたクレヴィスは突然オフィーリアを抱き上げ、部屋へと連れ込んだ。そしてそのままベッドへ下ろし押し倒した。


「な、に…するんですか……。」


警戒するオフィーリアの様子をクレヴィスは楽しげに見つめる。


「知りたいんでしょう?俺のこと。」


教えてあげるよ。甘く囁き、唇をオフィーリアの首筋に這わせる。感じたことのない甘い刺激にオフィーリアの身体がビクリ、と震える。


「感じちゃった?」


オフィーリアの頬が朱に染まる。抵抗しようとしたオフィーリアだったがクレヴィスの青い空の様な瞳に悲しげな色があることに気がついた。


まただ。また、この人は私を遠ざけようとする……!!


初めて会った日も昨日もクレヴィスはわざとオフィーリアを怒らせ嫌われようとする。そうすることで自分からオフィーリアを遠ざけようとする。その事実がどうしようもなく悲しくて、オフィーリアの眉間に自然と皺が寄り瞳は悲しげに揺れる。


「何で……。」


震える声でオフィーリアは言葉を紡ぐ。


「何で、あなたは、私を遠ざけようとするの……!!」


溢れだした涙にクレヴィスは驚きに目を瞠る。何故オフィーリアが涙するのかわからない。そこにあるのが嫌悪ならばまだしも、オフィーリアの瞳にあるのは悲愴だった。


「どうして、拒絶するの……。」


溢れる涙を腕で拭う彼女の姿にクレヴィスはそっとオフィーリアの上からどき、ベッドの端に腰かけた。


「どうせあんたも離れていくだろ。」


「……え?」


「人間でない俺を恐れ、いつか離れていく。なら最初から近づきたくない。」


涙を拭い置き上がったオフィーリアの瞳に映ったのは大きなはずの彼の小さな背中だった。独りぼっちの子どものようなクレヴィスの姿に胸が締め付けられる気がした。


『憶病な人だから。』

ランドールの言葉を思い出す。


『怖くないのか?』

そう聞いてきた時の彼はとても不安そうな瞳をしていた。彼は怖かったのだ。拒絶されることが。これ以上傷つきたくないから拒んだ。


「怖くないと言ったらきっと嘘になります。」


ベッドから降り、クレヴィスの正面に回ったオフィーリアは昨日と同じ言葉を繰り返す。クレヴィスの瞳が寂しげに揺れた。彼の頬にそっと手を伸ばす。


「でも、私はクレヴィスさんという人を知りたいし、傍にいたいです。」


憶病で怖がりで孤独な野獣の傍に。


「一緒に笑いたいです。一緒にご飯を食べたいです。たくさんお話ししたいです。一緒にいさせて欲しいです。」


そして最後にか細い声がこう告げた。


「お願い、拒まないで……。」


泣きだしそうに震えた声だった。クレヴィスの顔が見られなくてオフィーリアは俯く。クレヴィスの頬へ伸ばした手は震えていた。その手をそっと優しい温もりが包む。驚きに顔を上げればクレヴィスが青い瞳を柔らかく細め、微笑んでいた。


「すぐにあんたを受け入れるのは無理だ。でも、時間はかかるかもしれないけど、傍にいてくれる?」


「はい!」


涙を滲ませ微笑むオフィーリアにクレヴィスも柔らかな笑みを返す。


 まだ動きだしたばかりの2人の想い。それでも今は温かに互いを包んでいた。


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