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02.魔法使い

 暫くの間馬車に揺られて着いたのは不気味な雰囲気を晒し出す城だった。その城の雰囲気にオフィーリアは息を飲む。


これが、野獣が住むと言われている魔境の城。


「どうぞ、中へ。」


臙脂色の髪の青年にエスコートされながらオフィーリアは城の中へと足を踏み入れる。そして2階の部屋に通された。


「お疲れでしょう。今宵はごゆるりとお休みください。」


青年はオフィーリアが部屋の中に入ったのを確認し、扉を閉めた。手に持った蝋燭を頼りに電気を点け、奥に進む。部屋は適度に温められており、驚くことに既に着替えなどが準備されていた。


年頃の娘としては開かれたクローゼットの中の洋服が気になる所ではあるが今はそれよりも休みたかった。先ほどまで確かに自分は姉たちと食事をしていて、父の無事を確認し、固く抱き合ったというのに、もう二度と彼等に会うことはないのだ。


このままここで過ごすのか、それとも野獣に食い殺されるのか、どんな結末が待つのかオフィーリアにはわからない。だがもう、どうでもいいではないか。父は無事、ハウゼンの屋敷に戻れたのだから。自分の役目は終わった。ならば今はもう、何かを考えるのはやめよう。


全ての思考を断ち切り、オフィーリアは整えられたベッドへと身を沈めた。相当疲れていたのか幾分経たぬうちにオフィーリアは深い眠りに落ちた。


 コンコン。


軽いノックの音でオフィーリアは眼を覚ました。


ベッドから起き上がり、見覚えのない部屋にオフィーリアは暫く考える。そして、自分が昨日の夜魔境の城へとやって来たことを思い出す。どれくらい寝ていたのか、窓の外から暖かな日が差し込んでいる。


コンコン。


再度戸が叩かれる。オフィーリアは簡単に身支度を整え、扉を開けた。目の前には臙脂色の髪の青年が立っていた。


「昨夜は眠れましたか?」


「はい。」


「そうですか。」


青年は昨日の無表情が嘘のようにほっとしたように微笑んだ。やっぱり、悪い人じゃない。オフィーリアは再びそう思う。


「あの、お名前を聞いてもよろしいですか?」


「そういえば自己紹介がまだでしたね。ランドール・グレファンスです。よろしくお願いします。」


「オフィーリア・ハウゼンです。こちらこそよろしくお願いします。」


2人でお辞儀をし、顔を上げると笑った。昨日と比べ、ランドールの雰囲気は随分と柔らかかった。おそらく今の彼が本来のランドールなのだろう。


「それであの、何かご用事ですか?」


「ああ、そうでした。主があなたに会いたいと言っていまして。ついて来ていただけますか?」


主、という言葉にオフィーリアは身体を強張らせる。城の主。それはつまり野獣に会うことを意味するからだ。しかし、城の主がお呼びなのなら身代わりとしてやってきたオフィーリアが背く訳にはいかない。オフィーリアは精一杯の笑顔でランドールに同行することを了承した。


 オフィーリアは数ある部屋の中からハウゼンの屋敷では居間に当たる様な場所へ通された。


明かりが点けられた部屋の中には向かい合わせで置かれた落ち着いた色のソファとその間に置かれたテーブル。そして暖炉だけがあった。


広い割には物寂しい部屋の中に物以外のものを見つけた。


整った顔立ちにサラサラしていそうな金色の髪、澄んだ空のような青い瞳。まるで童話に出て来る王子様のような人がそこに立っていた。


てっきり野獣が現れると思っていたオフィーリアは予想外の美しい人の登場に瞳を瞬かせる。


「醜い野獣が住んでいると言われている城に僕みたいのがいるのが不思議かい?」


よく通る声にオフィーリアは素直に頷いた。野獣は噂話でしかなかったとでも言うのだろうか。


「野獣にはそのうち嫌でも会えると思うよ。お嬢さん。」


「オフィーリアです。」


お嬢さん、という小馬鹿にしたような口調にむっとしたオフィーリアは小さな声で呟いた。だが静かな部屋にはその小さな呟きでさえも男の耳に運んだようだ。


「それは失礼、オフィーリアさん。俺はクレヴィス・ロートレック。しがない魔法使いだ。」


魔法使い、という言葉にオフィーリアは益々驚く。オフィーリアの姉ミルシェールが魔女であるように、この世界には魔法があり、そして魔法使いと呼ばれる者が存在する。


しかし魔法を使える人間はごくわずかで、その希少な存在は城で働くことをほぼ義務付けられていた。だというのに、何故このような辺境の地に魔法使いがいるのか。


「俺が君に望むことはひとつ。俺に関わらないこと。」


「え?」


「俺に関わりさえしなければこの城の好きな所に入っていいよ。もちろん、俺の部屋はダメだけど。それだけ。ランドールがいるから生活には困らないと思うよ。」


自身を魔法使いだと言った男、クレヴィスはそう言うと立ち上がり、出て行ってしまった。オフィーリアは呆気にとられるしかない。


理解できない。城の主が待っているとランドールが言っていたのだからクレヴィスがこの城の主なのだろう。ならば野獣は?身代わりとなった自分の処遇は?


「ああ、そうだ!」


何か言い忘れたのか、居間の入り口からクレヴィスが顔を出した。手招きをする彼にオフィーリアは素直に従い近づいた。のこのこやってきたオフィーリアの耳元でクレヴィスは悪戯に囁いた。


「君みたいなお子様、俺のタイプじゃないし襲わないから安心しなよ。」


「なっ!」


勢いよく離れ、顔を真っ赤にして自分を睨みつけるオフィーリアにクレヴィスは満足気に笑った。憎らしいほど綺麗なその笑顔にオフィーリアの羞恥と怒りは募る。そんな彼女にお構いなしにクレヴィスは今度こそ居間を去って行った。


「すみません、あんな主で…。」


心底申し訳なさそうなランドールの謝罪が弱々しく居間に響くのだった。


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