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めがさめると、おはながはえていました。
うららかな陽射しの日々は過ぎて、今はもう目覚めたときにはカーテンの隙間から、皓いひかりがさしこみます。
ゆっくりと目をあけたフローリアは、まどろんだままほんのりとほほえみました。
なんだかとても、しあわせな夢をみていたきがします。
ねむたい目をこすりながらなんとかベッドから離れてぺたぺたと洗面台に向い、からだを包む睡魔をおいはらうように、おもいきって冷たい水のしずくを顔にうければ、ようやく一日の始まりです。
ふるりと首をふって柔らかなタオルで水気をぬぐい、クセのついた髪の毛をとかそうと鏡をのぞきこんだ時――ふと、みなれた顔が映る鏡のなかに、見慣れないものをみつけました。
「…まぁ」
かくりと右に首をかしげると、鏡にうつる"それ"も右に揺れました。
左に首をかしげると、"それ"も左に揺れました。
「………おはな?」
そうです。
めがさめると、頭のちょうどてっぺんから、おはなが生えていたのです。
しぱしぱと瞬いても、てっぺんのお花は消えません。
そうっと伸ばした手で、あちこち気ままにはねる髪の毛をたどるとお花のくきに辿り着いたので、軽くひっぱってみることにしました。
「…いたいわ」
鏡の中で、フローリアの唇がへの字を描きました。
ちょうど髪の毛を引っ張ったのと、同じような痛さです。
上目遣いに鏡に映したお花を見ると、こまり顔の彼女の気もしらず、薄桃色の四枚の花弁は上機嫌に朝の風にゆられています。
いったいどうしたことでしょう。
夜眠る前には、たしかにいつもどおりでした。お花は好きですけれど、中庭や温室のお花の種を、あたまのてっぺんにまいた覚えはありません。
けれどたしかにいま、フローリアにはおはながはえていたのです。
「どうしましょう」
髪の毛ならば、切ってしまえば平気です。けれどおはなはどうなのでしょう。
さきほど引っ張ってみた時のことを考えると、まゆはハの字になりました。
なんだかとっても、痛そうです。
とりあえず、おはなの部分をよけてそうっといつものようにクシで丁寧に髪をとかします。
例えおはなが生えてきても、時間はまってくれません。
気がつけばもうすぐ、寮のあさごはんの時間です。ただでさえいつも人よりご飯を食べるのが遅いのに、何時もの時間よりおそくなったら、ごはんを食べ損ねてしまいます。
「それはこまるわ。お腹が空くと、悲しくなるもの」
声に出したことで、フローリアのこころが決まりました。
おはなが生えていても今のところ困ったことはありませんが、ごはんを食べ損ねるのは困ります。
うん。
鏡の中の自分に向ってこっくり頷くと、フローリアは急いで制服に着替え始めました。
ざわざわざわ。
寮の食堂はいつでも賑やかです。なんとかいつもより少しのんびり、くらいの時間で食堂にすべりこみ、朝食のトレイを手に空いている席に腰をおろそうと、となりの席の少年ににこりと笑いかけました。
「おはよう、ルーディ。おとなりにお邪魔しても良いかしら?」
「んぁ?よう、はよ…」
夢中でパンにかぶりついていた同じ寮の少年は、挨拶に顔をあげて少女の顔を見るなり、ぱかりと口をあけて、呆気に取られた顔で固まりました。
「ありがとう。何時もより遅くなってしまったから、ごはんの時間がなくなってしまうかもと思って、焦ってしまったわ。…ルーディ?どうかして?」
かたん。
椅子を引いて腰をおろし、ミルクのカップを手にほうと息をついて、食事の時間に間に合ったことに安心したように笑うと、ぼとりとパンを取り落とした事にも気付かずに少女をじっとみつめる少年に、不思議そうに首を傾げて聞きました。
「……あのさ、それ、新しい飾りか何か?」
かざり。ことりと首を傾げて少年の視線をたどると、どうやらおはなの事を言っているようです。
食事の時はフードを取るので(もっともおはなが生えていては、たとえ規則でもフードはかぶれなさそうですが)、今も少女のあたまのてっぺんには、亜麻色の髪におはなが上機嫌にゆれています。
はたりと手を打って、少女はころころと笑いました。
「いいえ、ちがうわ。あさ起きたらね、おはながはえていたの」
ふしぎでしょう?
少女の言葉に、少年はぱかりと口を空けたままうなづきました。
それはもう、不思議の一言ですませていいのか分らないくらい、ふしぎです。
けれど少女があんまり自然に笑うので、少年はそれ以上、何を言っていいのか分らなくなって、とりあえず口のなかにパンを詰め込んでみました。
ふわふわのミルクパンにマーマレイドのジャムをたっぷりのせてほおばると、口のなかに広がるあまいかおり。
まだまだ食べ盛り、育ち盛りの少年は、おはなを気にはすれども一度食事を再開するとそちらに一生懸命になってしまいました。
そうして無言でパンを食べてミルクを飲み、サラダとベーコンエッグを平らげておなかが落ち着くと、ようやく食事に集中していた口を開いていいました。
「まぁ…きれいだし、良いんじゃないか?困ったら先生に言ってみろよ」
じゃぁな。
さっさと食べ終えた少年はそう言って、サラダが口の中に入っていて喋れない少女がこっくりとうなづくのをみとどけると、満足そうにトレイを持って行ってしまいました。
しっかり三十回、ほろにがい緑の葉をかみしめて飲みくだした後に、少女はつぶやきました。
「そうね。先生に相談してみれば良いのだわ」
そうと決まれば、あとはお食事に集中できます。朝食の時間はあと20分。
フローリアは最後の一皿、フルーツヨーグルトにとりかかりました。




