花酢糸電話
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よし、これで音に関するとっかかりの授業は完了。みんな、おおよそ理解できたかな?
音のもとになるのは、物が振動することによって発生する「波」だ。この波によって鼓膜が揺れることで、脳がその揺れを音と認識。我々は音の情報を得るわけだ。
物体が揺れると空気が押され、密度の濃い部分が生まれる。その濃い部分が近くの空気をどんどん押していくものだから、じょじょに空気の密度の濃いところと薄いところが生まれていき、音の波になると。
音を芸術に昇華した音楽は、我々の癒しにもなることはみんなも承知しているだろう。鼓膜が受け取り、脳が認識する情報。そいつをうまいこと操るのも、立派な技術のひとつだろう。
だが、悪くすると情報に踊らされるのもまた、我々人間の常。伝わる音について、異状を敏感に悟る力もあって良いかもしれない。
先生の昔の話なのだけど、聞いてみないか?
糸電話。みんなも一度は実験などで使ったことがあるんじゃないか?
糸でつないだ紙コップを電話の受話器代わりにして、相手の発した言葉を受け止める。コップの底の揺れが糸を伝わってもう一方へ伝わることで、言葉を聞き取れるわけだ。
コップをつなぐ糸がぬれたりしてしまうと、湿らせられた水の分だけ糸が重たくなってしまい、振動しづらくなる。結果、音が伝わりづらくなるという性質は知られているところだろう。
けれども、先生たちの間では糸を湿らせても、しっかりと聞こえる糸電話作成がこっそりと行われていた。
第一発見者はよくわかっていない。先生もクラスメートから、また聞きしたものだからね。
この糸を湿らせる液体づくりは、なかば調薬じみたものだったよ。
まず、外へ出てとある花を摘んでくる。花弁は春に桜がつけるそれと酷似しているのだけど、そこへ連なる茎や葉の形態はタンポポに酷似したものだった。
学区内では相応の数が見つけられた件の植物だけど、そこから少しでも離れてしまうと極端に姿を見せなくなる。たとえそこが地続きであったとしても、見えない境界線ができあがっているかのごとき、きっちりぶりだったよ。
花弁をむしったら、今度はそれをよくすりつぶす。
乳鉢とかのしかるべき道具があればグッドだけど、それらなしでも手足で踏みつぶすことでもなんとかなった。要は花弁に含まれている液体を絞り出すことができればよかったのだから。
仕上げに、その液体へたっぷりとリンゴ酢をくわえる。
比率としては液体1のリンゴ酢5か6といったあたり。はためには酢に薄められて気づくことは困難だろう。でも、その違いは糸電話の糸へ用いたときにはっきりあらわれる。
声の通りが非常によくなる、とされた。
それは耳元でささやかれたときよりも大きく鮮明で、仮にほぼ吐き出す息のみで構成されたような発声でさえも、糸電話を通じれば大音量と化した。
道具に頼る以上、こそこそ話とは致命的に相性が悪い。あくまで先生たちはおもちゃ、びっくりグッズのひとつとして愛用するにとどめていたんだ。
効果に関しては、糸を濡らしてから1か月は持つ。例の花は季節を問わず見つけることができるから、リンゴ酢を買えば用意は簡単。
ネタを知っている人には底のしれたレベルだったけれども、この効力を知らない人を驚かせてリアクションを見るのは、なかなかやめられず。先生たちは新しい獲物がやってくるのを、手ぐすねを引いて待っていたのさ。
ゆえに、時期外れの転校生がやってきたときは、もう舌なめずりものだったね。
外国育ちだという彼は、先生たちと大差ない髪や肌の色をしていたものの、その言葉は片言がいいところ。ややもすれば、彼の母国語と思しき理解困難な発声がまじり、「んん?」と聞きなおしてしまう。
向こうもまた、こちらの言葉を理解するのに苦労しているらしい。ちょっとなめらかに話しすぎると、耳に手を当ててワンスモアの構えだ。
――こいつは糸電話の相手にちょうどいいんじゃないか。
言葉を聞き取りやすくする道具だということを強調し、まずはお試しという形で、彼に糸電話を使うように促す先生。自分がまずコップを耳に当て、聞く側へ回ったんだ。
おそらく、彼としてはとてつもなく小さい声だったのだろう。が、そこはこの糸電話のスペック。はっきりと先生の耳には届いたのだけど……内容は疑いたいものだった。
「セイジン、ジョウカホウ、ハッシャヨウイ」
これまでにないほどの滑らかさ、されどもぬぐいがたい固さの残る口調で紡がれたのは、そのようなフレーズだった。
――星人浄化砲、発射用意?
ゲーム大好き先生の脳みそは、瞬間的に言葉をそのように変換。けれども、何食わぬ顔をして聞き手と話し手をチェンジすると、また小声で彼へ呼びかけた。
「地球人を掃除するの、待ってくんない?」
彼の言い分に、軽く乗っかってやっただけのつもりだった。
しかし、彼は先生の言葉を聞くや、顔をみるみる青くしていく。それどころか、耳へあてがっていたコップのふちから、どんどんと赤黄色い膿のようなものがあふれて、足元へ落ちていったんだ。
膿は地面に受け止められるや、音と湯気を立てて乾いていくとともに、土をえぐって穴をこさえていく。
驚いたときにはもう、糸電話の片方は放り投げられて、彼が逃げ去る後ろ姿を見送るばかりだったよ。それが彼を見た最後で、翌日には急な転校が決まったことを担任から話をされたよ。
そして、彼のいう星人浄化砲なるものは、今日に至るまで発射された様子はないのさ。




