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20・知識に寄る決断


「黒髪排斥法のこと」


 女の問い掛けに少女が答えた。


 少女の口から漏れたのは、予想だにしない言葉だった。女は危うく取り落としそうになったカップを握り直した。


(確かに、教えられることなら何でも教えると言ったけれど……)


 少女は静かに席を立つと、女の傍らへと歩み寄った。


「この子と一緒に、聞かせてほしいのです」と、言って、女の腕の中の赤児へと、両手を差し伸べる。


 少女の瞳は、あまりに真摯で、逃げ場を許さない。女はその無垢な決意に圧されるようにして、赤児を少女の腕へと託した。


「私、まだ『本当のこと』を知らないのだと思います。この子を守るためにも、詳しく知っておかなければならないんです」


(……見透かされているわね。あいつは甘すぎるのよ。残酷な事実を、この子に語ることを躊躇い、隠した。その『優しい嘘』の正体を、この子はとうに見抜いていたという訳ね。私は、そんなに甘くはないわ。この子の覚悟を真っ向から受け止めてやるわ)


 女は覚悟を決め、背筋を伸ばした。それは、『綺麗なお姉さん』から、過酷な現実を説く『教師』へと変貌した瞬間だった。


 少女もまた、女の纏う空気が変わったことを敏感に察し、身を固くした。


 女は、すっかり冷え切ったお茶で喉を潤し、ふと、目についた焼き菓子を口にした。


(――甘いわね。うんざりするぐらい)――と、その時。


「ね、ねぇ、ね?」少女の腕の中で、赤児が舌足らずな、とぎれとぎれの声を出した。


「うわぁ!偉いね~『おねぇちゃん』って言えるんだ~」少女は何処か誇らしげに目を細める。


 自分のことを『まぁま』女のことを『ねぇね』と、赤児が認識している。それが、どこか自分の方が赤児にとって重要な存在であると、認められたようで嬉しい。


「ねぇね。ねぇね」今度は、赤児ははっきりと言葉を紡いで、女に向かって、その小さな手を伸ばした。


「もう、この子ったら。食いしん坊なんだから。さっきいっぱい食べたでしょ」少女はたしなめるような、呆れたような口調で言うが、満面の笑みを浮かべていた。


 その、ほんの僅かな弛緩した合間に、(そう、あの時、母さんも……)女の脳裏を、遠い日の記憶がよぎる。


(分かったわ!この、赤ちゃんが求めているのは『焼き菓子』なんかじゃない)


 かつての光景を振り払うように、女の口から零れたのは、少女にとって予想だにしない問いだった。


「……あなた、『本』は読める?」


「いいえ」少女は気恥ずかしそうに、わずかに視線を落とした。女はそれを責めることもなく、静かに、しかし重みのある声で告げる。


「『事実』は一つしかないわ。けれど『真実』は、見る方向によって形を変えるの」


「何故、この法律が生まれたのか。そして、なぜ廃止されるに至ったのか。そこには、数えきれないほどの思惑があったの。様々な意見が記された本があるわ。中には危険な考え方だとされ、焚書……つまり、焼かれ、歴史から葬り去られた本さえあるの」


 女は少女の瞳を真っ向から見据えた。


「私が語るのは、私の考えを通した、ひとつの真実にすぎないの。本当に、その子を守りたいのなら、あなたは『文字』を、『知識』を手に入れなさい。そして様々な選択肢を手にいれ、誰かの声に惑わされずに……」


 女は一度言葉を切り、まるで自分自身に言い聞かせるように、言った。


「――決断を」


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