17・少女を巡る男と女
「にわかには、信じがたい話ね」
客の途絶えた、薄暗い場末の酒場。カウンターの隅で男と女。肩を寄せ合うようにして琥珀色のグラスを前にし、声を潜めて言葉を交わしていた。
「少女の話に嘘はない。それに俺がこの目で見た、耳で聞いた実体験だ」
男が口にした『少女』という響きに、女の眉がわずかに動く。
(なにか違和感があるわね。女としての興味はないと、必死に強調しているみたい)
「ずいぶん、その子を信頼しているのね」女は揶揄するように口角を上げたが、男の横顔は硬いままだった。
「人を見る目は確かだと思っている」「あら、それは初耳だわ」「馬鹿を言うな。確かだと思っているからこそ、こうして……」
男は言葉を切ると、向きを変え、女の顔を覗き込み、言葉を継ぐ。
「相談しているんだ」
真っ直ぐな視線。女は毒気を抜かれたように、ことさら大袈裟に肩をすくめて、小さく舌を鳴らした。
(女、いや、人たらしなのは確かね)
男は、女の、雲行きの怪しくなった機嫌をとりなそうと、急に思い出したような仕草で革袋を取り出した。カウンターの下、人目につかないよう差し出された革袋を、女は受け取る。ずっしりとした重みに、女の指先が沈んだ。
「うす汚い革袋ね。鉛玉でも詰めてるの?」
「ああ、とびきり質のいい金色の鉛玉だ。……これぐらいしかしてやれない自分が、情けなくてならないがな」がっくりと肩を落とす男。その無防備な背中に、女の言葉が追い打ちをかける。
「これは私への謝礼? それとも、少女への免罪符?」
男は返す言葉を見つけられず、逃げるように残りの酒を口にした。
「まぁ、良いわ」承諾の言葉とは裏腹に、その瞳にはどこか冷ややかな光が宿っている。
「私は、その少女の使い走りと『とても聡明な少女と妹さん』の教育係ってことね」
「あぁ、家事全般は少女に任せて大丈夫だ。それじゃあ、引き合わせるんで、都合は?」
男が身を乗り出し、期待を込めて問いかける。男にとっては、これが少女を救うための最良の『手札』だった。だが、女は視線を上げることもなく、短く言い切った。
「それは結構」
「何故?」
男の声が、困惑と焦りでわずかに上擦る。女はふっと、自嘲気味な笑みを口元に浮かべ、グラスを手にする。
「紹介なんて形を取れば、その少女は私に服従することを『義務』だと捉えてしまうでしょう? 恩人に報いるために、少女は私に対して自分を殺し、望まれる役割を演じようとする。……それは単なる依存よ。そんな歪んだ形では、少女の為にならないわ」
女はグラスをカウンターに置くと、真っ直ぐに男を見据えた。
「あくまで対等な関係で信頼を築かなければ、教育とは言えないわ。……私が少女を見定め、少女が私の意志を試す」
「難しくないか?」
「子供の教育なんて、簡単なの『怒らず、叱らず、しっかり目を合わせて、諭したら、抱きしめる』私達も経験したでしょ?」
「いや、俺はよく馬鞭で叩かれたぞ」
「最低、最悪の生徒だった自覚は?」




