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14・黒髪排斥法


 領館の別棟にある、男の自室。


 男は長椅子にゆったりと腰を下ろしている。その対面、見たこともない豪華な調度品に囲まれた少女は、赤児を抱いたまま、落ち着かない様子で遠慮がちにちょこんと座っていた。

 

 外の静寂が、男の低い声をより一層重々しく響かせる。


 男は静かに語り始めた。


「昔のことだ。この国には、『東の国から来た人たち』がいた。俺たちとは少し見た目こそ違えど、かつては仲良く肩を寄せ合って暮らしていたんだ。……だがな」

 男はそこで一度言葉を切り、考え込むように目を閉じた。


「『東方の蛮族』と呼ばれている人たちのこと?」


「あぁ、そうだ。よく知っているな」少女の問い掛けに、男は居住まいを正して向き直る。


「黒髪だったんでしょ?」 少女は男の視線を逃さず、射抜くように、言った。


 男が自分を不安にさせまいと、あえてその言葉を避けているのを、少女は見透かしていた。だが、その言葉を口にしなければ、話の核心には触れられない。彼女は自ら『黒髪』と、口にすることで、話の続きを促したのだ。


(良い眼だ。賢く……そして強い)少女の覚悟が痛いほど伝わり、男は深く頷くと、言葉を継いだ。


「……ほんの小さな諍いが、いつの間にか取り返しのつかない大騒ぎになった。一度燃え上がった憎しみは誰にも止められず、気づけば国と国とを巻き込む戦争だ」男の拳が、膝の上で白くなるほど握りしめられる。


「戦争を始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい。しかも戦争が終わると新たな諍いが始まるんだ。必ず、必ずな」男は吐き捨てるように言って、ため息をつき、口をつぐむ。


 しかし少女の瞳が、無言のまま脅してくる。続きを話せと。


「戦いは俺たちの国が勝った。だが、勝って終わりじゃなかった。負けた『東方の蛮族』への、凄惨な『仕返し』が始まったんだ。理屈も何もない。ただ『黒髪』だというだけで敵と見なし、悪党だと決めつけ、寄ってたかって石を投げる。棒で打つ……まあ、実際、奴らも恨まれるような真似を散々してきたのは事実だ。だが、復讐の連鎖は、もはや止めようのない狂気となっていた」


 男の声が、昏く沈む。


「あまりの狂乱に流されるように、国はまともな判断を失い、おぞましい法律を作った。……『黒髪排斥法』だ」


 ――と、その時。


「にぃに。あいおうう?」赤児の無垢な声が響いた。『だいじょうぶ?』と、兄を気遣うその響きに、男の胸が締め付けられる。


(何だろう? 締め付けられているのに、軽くなるという、この不思議な感覚は?)男は小首を傾げながらも、淡々と話し始める。


「……あいつらは黒髪と仲が良かった、そんな噂が流れるだけで、昨日まで笑い合っていた隣人が、いきなり刃物を突きつけてくる。相手が子供だろうが、生まれたばかりの赤ん坊だろうがお構いなしだ。黒い髪を持って生まれた――ただそれだけの理由で、命を奪われる。そんな地獄が、この国では正義としてまかり通っていたんだ」


 男は、はっとなって口をつぐんだ。赤児の声に勢いづいたのか、少女の賢さ、強さに甘えたのか。相手が年端のいかない少女だということも忘れ、あまりに酷な真実を突きつけてしまった。


「……この子は本来、生きてちゃいけない命だった。……そういうこと?」  


 少女の問いは、男を責めるものではなかった。 その言葉は、重すぎる宿命を背負わされた赤児への、深い悲しみに満ちていた。


 少女の肩が小さく震えた。腕の中にある『黒髪』を、愛おしそうに、隠すように、そっと手で覆う。


「あー!」ところが、赤児は少女の指を握りしめ、その手を押しのけて、はっきりと拒絶の意思を示す。


 言葉で。


 行動で。


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