【File 03】影三郎の夢~昼寝篇~
ある日の午後、時刻にして二時過ぎといったところの、昼寝をするにはもってこいの時間に、影三郎のいる榊探偵事務所を訪ねた者があった。
影三郎から見たら遥かに年上、あるいは六十もとっくに過ぎているかのような、年相応の服装を身に着けた男であった。頭には帽子をかぶっているため、髪の多い少ないはわからない。
その男が、
「この探偵事務所には夢を見ることで捜査をするという人物がいると聞きました」
と言うや、影三郎には、
(ははーん、早見のことを言っているのだな)
とわかった。
早見というのは影の能力を持つ影三郎とともに夢の能力で問題解決を図る男・早見准一のことである。
訪れた男は続けて影三郎に、
「さっそく眠っていただきたい」
などと、影三郎のことを「夢の早見」と勘違いしたかのように語りはじめた。
「……じつはわたしには多額の借金がありまして、今日までに用立てることができないと、無慈悲なことに、向こうさんは『死んで返済しろ』などと言うのです。けれどわたしには死ぬ勇気がない。そこで本日の三時四十分発走予定の競馬のレースで、万馬券……と言わないまでも、一万円が五十万円くらいになる馬券を、あなたさまの予知夢でもって教えていただきたいのです。お礼なら、その当たり馬券の払い戻しのなかからお支払いいたしますので……」
そして男は、
「時間はあと一時間半ほどしかないのです。なぜならそのレース」
とここで一息区切り、男は続けた。
「取り立てに来る向こうさんも馬券を買うつもりなのです。連中は多額の資金を持っているはず。必ず当たる馬券ならば、必ず信じて買うはずです。……つまり、わたしはその的中予想をもってして借金を返済してみせると、言ってしまったのです!……もしも予想が外れたら……、わたしを……、殺すとまで言うのです!」
「ずいぶん、無茶な約束をしましたね」
「お願いです。一刻も早く眠ってください。そして、このわたしめに、神のお告げを!」
「……いいでしょう。人助けと思って今すぐ眠ってさしあげましょう。……と、言いたいところですが、あいにく、わたしは『夢の早見』と称される、予知夢を操る男ではないのでしてね。さて、どうしたらいいものか」
「お願いします。もう、頼れるところはここぐらいしか……」
「では、わたしも未来予知の真似事でもしてみましょう。……ちょっと離れていてください」
影三郎は寸刻、精神を集中させたかに見えた。
「……影・影・影・影・影・影・カゲ・かげ……」
影という呪文が影三郎の口から発せられるたび、室内が闇に包まれてゆく。
「これからこの部屋は夢を見ます。闇に抱かれて見る夢は、今日の競馬のその瞬間です……」
驚いたことに、影三郎の催眠術が、あたかも探偵事務所の室内全体にかかったかのように、部屋の中は競馬場の大歓声に包まれた。
実況中継のアナウンスが響く。
「勝ったのはドウシテハシッタ! 二着には伏兵、ココイチバンデ。大波乱のレースとなりました!」
男は信じられない様子で、しかし、
「わかった! わかりました! 信じますよ! 信じてみるしかないでしょう?」
と言って部屋を出て行った。
そのあとで影三郎は独り言のように、
「……ふう。今、この部屋に見せた夢は、今朝、早見が見ていた夢なんだ。早見は今日、競馬場に行くと言っていた。きっと何かの馬が勝つ予知夢でも見たんだろう。その早見の意識をこの部屋が知っていなければ、実現できない芸当だった。……それにしても運のいい男だ。ちょうど今日が期限だったとは。あとはこれをきっかけに競馬にはまって、また借金まみれになったりしなければいいが」
影三郎が見せた夢の術。
それは「夢の早見」がいなくては不可能なものだった。
では、影三郎は昼寝のとき、どんな夢を見ているのか。――
それは誰にも明かされない、影のベールに包まれたものなのだ。




