06
「あああ……どうしようぉ」
アプリコ家の庭にあるガゼボでビアンカは絶望じみた声を上げた。
「おいおい。王子様に見初められたご令嬢とは思えないぞ」
それを見て肩をすくめるのは、従兄弟のアレスだ。
「リリアナなんて、うらやましい! ってずっと言ってるんだぞ。ロマンチックだ~って」
「うう……他人事だからでしょうぉ」
リリアナの口調を真似て身もだえするフリまでするアレスをビアンカは睨みつける。
アレスはリリアナの兄で、ビアンカとは茶飲み友だちだ。
幼い頃はいつも兄妹そろって遊びに来ていたので、感覚としては歳の近い兄か弟のような存在だ。
今日はリリアナからの手紙を届けに来たという名目でアプリコ家にやってきていた。
「本当は直接来たかったそうなんだが、前々からの予定があるからと悔しがっていたぞ」
会いたい気持ちもあるが、会ったら会ったであらゆることを根掘り葉掘り聞かれそうな気がするので、正直やってきたのがアレスで助かった。
「で、実際どうなんだ」
「なにが」
「王子様だよ。とんでもなくいい男だって噂だぞ。隣国に嫁ぐのか?」
顔に「おもしろがっています」と書いてあるアレクを殴り飛ばしたくなってくる。
人ごとだと思って……! と罵りかけるが、ビアンカはぐっとこらえた。
「まだ、決まってないわ」
素直に答えれば、アレスは不思議そうに目を丸くした。
「嫌なのか?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
どう説明すればいいのだろう。前世で自分を殺した夫に似ているから。彼の生まれ変わりの可能性が高いから。他人のそら似だとしても言動がどうもおかしい。
それらすべてビアンカの主観であり、人に説明するのがあまりも難しい違和感だ。
うーんと考え込んでいると、先ほどまでは明るい表情だったアレスが眉間に皺を寄せた。
「悩むほど変な相手なのか?」
「変っていうか……」
「もしそうなら、俺からお前の親父さん、に」
「に?」
変なところで言葉を止めたアレスを見れば、なぜかビアンカの背後に目線を向けたまま固まっている。
何かあるのかと振り返ったビアンカは、アレス同様にぴしりと固まった。
「なにをしているんですか、ビアンカ」
冷え冷えとした声に、口元がひくりと引きつった。
背後に立っていたのは他の誰でもない、ネロその人だった。
「なぜ、他の男と喋っているのですか? 婚約者や恋人はいないと言っていたではないですか」
じりじりと近づいてくるネロの瞳には光りがない。
本当的な恐怖で、足がすくむ。
「か、彼は従兄弟です! ちょっと、相談に乗ってもらっていただけです」
「そうです! 俺はビアンカの従兄弟です!」
アレスが聞かれてもいないのに片手を上げて宣言した。
ネロはそんなアレスをちらりとも見ないまま、ビアンカの腕を掴む。
「えっ」
「父君から結婚の許可は得ました。ビアンカ、俺と一緒にオランジュに行きましょう」
なんで娘に確認せぬままに許可を出すのか父。
頭の中で父の背中を蹴飛ばしていると、掴んだ腕をネロが引きながら歩き出す。
「えっ、ええ」
ビアンカは抵抗する間もなく、ネロに着いていくしかなくなる。
助けを求めるようにアレスを見たが、彼は腕でバツを作って首を振っていた。
役に立たないにもほどがあると腹の中で恨みごとを呟いている間にも、ネロはずんずんと先に進んでいた。
しかもその方向は屋敷ではなく玄関だ。
もしかしてこのまま本当に隣国に連れて行かれるのではないか。
そんな恐怖から、ビアンカはぐっと足を踏み締めた。
「待ってください!」
当然力では敵わないが、ネロは足を止めてくれた。
掴んだ腕を放してはくれなかったが、立ち止まりくるりとビアンカと向き合う。
その表情はなにかに苦しんでいるかのように歪んでいた。
「なんですか」
「話を聞いてください。父が許可したとしても、私はまだ返事をしていません。それに、隣国に行くだなんて……」
納得もできていないし理解も追いつかない。
とにかく話をしたいと訴えるが、ネロの表情はかわらないままだ。
「とにかく、もう一度話をさせてください」
「あの男とですか?」
「え?」
「従兄弟だというあの男とまた話すつもりですか? 認められません。他の男と話すなんて、絶対に」
何かまたおかしなことを言い出した。
「ネロ様?」
「君が他の男の視線に晒されるだけでも耐えがたいのに会話なんで許せるわけないでしょう!」
「あ、アレスは従兄弟ですよ! 身内です!」
「従兄弟ならば結婚できるでしょう」
「それは、そうですが ……」
「とにかく駄目です。早く俺の家に行きましょう。そして君を守らせてください」
駄目だ話が通じない。
とにかく落ち着かせて屋敷に戻らなければ。
「前世につづいて今世まで君を失うなんて、俺は耐えられない」
「…………えっ?」
前世。
その言葉にビアンカは動きを止めた。
頭の中が真っ白になる。
ゆるゆると首を上げれば、ネロがまっすぐにビアンカを見つめていた。
心抜け落ちたような冷たい顔に前世の夫が重なる。
「…………テリウス様、なの?」
記憶を取り戻してから一度も口にしていなかった名前が唇からこぼれた。
ネロが口の片端だけを吊り上げ、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
それは前世の夫であったテリウスと同じ笑い方だ。
「そうですよアルル姫」
アルル。前世でのビアンカの名前。
「あなた……覚えて……」
唇を震わせれば、ネロはふわりと微笑んだ。
「もちろんですよ。俺が君を忘れるわけがない」




