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愛してる、俺と一緒に死んでくれ――前世で私を殺した夫がなぜかぐいぐい迫ってきます  作者: マチバリ


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「ブランにアルルを奪われ我に返ったときはもう間に合わなかった」

 自分の腕からすり抜けて言ったアルルを思い出しているのか、ネロは顔を歪め拳を握りしめ、震えている。瞳が溶けてしまうのでないかと思うほどの涙を流し、己の無力さを悔いていた。

「俺は君と死にたかった。一緒に死んでしまいたかった……」

 絞り出すような声にビアンカも涙していた。

 どれほど愛していたのだろう。大切にしてくれていたのだろう。

「君が、ブランによって書き換えられた記憶をもって生まれ変わっていると気がついたとき、俺は嬉しかったんだ」

「ネロ様……」

「今度こそ俺は君をすべてから守りたい。誰にも渡したくない。奪われたくない--!」

 泣きそうな声で叫ぶネロをビアンカは腕の伸ばして抱きしめた。

 お願いだから泣かないで、ここにいるから、と願いを込めるように腕の力を強める。

 腕の中で苦しみを噛みしめるように震えるネロの背中をさすりながら、ビアンカは唇を引き結んだ。

(そんなにもアルルのことを想っていたのね)

 前世の記憶に囚われているネロの姿に胸が痛む。

 ビアンカの中に残っていた記憶が、ブランから植え付けられた記憶だったこともショックだった。

(アルルは、テリウスに愛されていた)

 涙が出そうなほどに嬉しいのに、同時にそれと同じくらい複雑な感情が湧き上がる。

 心から愛していた妻を己の手で殺さなければならなかったテリウス。その記憶を引き継いだネロ。彼らが共通して愛しているのはアルルなのだ。

 対するビアンカは、テリウスに冷遇され命を奪われたと信じ切っていた。だからその生まれ変わりであるネロのことを恐ろしいと思っていたのに。

 それらがすべて偽りで、最も憎むべき相手がブランだとわかってしまった。

(まだはっきりとは思い出せないけど、ネロ様の言葉が嘘とは思えない)

 時折思い出す不思議な記憶の欠片。それらがすべて本当のアルルの記憶なのだろう。

 思い出せなかったふがいなさと、ネロと同じ思いでいられなかった苦い罪悪感。そして、ネロが愛しているのが今でもアルルだという事実がビアンカの胸を刺す。

 ビアンカと結婚し守ろうともしたのも、前世の後悔からくる行動だったのだ。すべてはアルルの魂を守るためにビアンカを囲い込んだのだろう。

(自分が悪者と思われたとしても、今度こそ守りたかったのね)

 信じていた家族に裏切られ記憶を改ざんされたなどという残酷な事実よりも、冷遇され殺されたという偽りの記憶を貫こうと思っていたのだろう。

(不器用な人)

 再会した時に全部告げてくれればよかったのに。

 それを受け入れられたかはわからないが、少なくとも当時のビアンカならば「だったらもう気にしないで」の一言でネロを許したような気がする。

 あくまでもビアンカにとってアルルだった前世は自分とは別の人間の記憶でしかない。過去のことはどう謝られたところでアルルはもうこの世界のどこにもいないのだから。

(でも、ネロはそうじゃなかった)

 きっとビアンカとは違い、ネロとテリウスは深く結びついているのだろう。だから、アルルの魂を持つビアンカにここまで執着しているのだ。囲い込んで手放したくないと思うほどに。

「すまない……すまない……俺のせいで、君を……」

 謝り続けるネロを抱きしめ、ビアンカは首を振る。

「あなたのせいではないわ。すべてはブランが仕組んだことなんだもの」

 優しい兄の仮面を被っていたブランが、胸に秘めていた歪んだ欲望。それがテリウスとアルルの未来を壊した。

 アルルはまったく気がついていなかったのだろう。だからこそブランの手に落ちてしまった。

 自らの願いを叶えるため、国すら壊したブランの執着心におぞけが走る。

「俺が君の命を奪ったことにはかわりない。だが今世こそは、君を絶対に守りたかったんだ」

「……だからあんな強引な求婚を」

 無言のままに頷くネロにビアンカは苦笑いを浮かべる。

 本当に不器用な人だ。なんでもできて何でも手に入る立場にあるのに。

「でもだからって閉じ込めておかなくても……」

 出会ってからこの国に連れてこられてからの出来事を思いだしながら告げれば、ネロは表情を険しくさせた。

「前世を思い出したとき、俺はブランもまたどこかで生まれ変わっている気がしたんだ」

 ネロの言葉にビアンカは息を呑む。

(ブランお兄様がここに、いる……!?)

 じわりと嫌な汗が滲む。

 記憶はないはずなのに、アルルの魂がブランから与えられた恐怖におののいているのが伝わってくるような気がした。

 たしかにビアンカとネロが生まれ変わっているのなら、ブランもまた同じようにこの時代に生きていてもおかしくはない。

 もしどこかでブランが生まれていて、ネロがビアンカを見つけたように、こちらの存在に気がついていたら。

 想像もしたくない「もしも」を想像して、喉がひどく渇く。

 記憶がないはずなのに魂がブランを拒否しているのがわかった。

 ビアンカですらそうなのだから、ネロはよほどだろう。

「でも、そうなら私たちは気づいたはずよ」

 ネロがビアンカに気がつき、ビアンカがネロに気がついたように。

 きっと顔を合わせれば、きっとわかるはずだ。

「ああ……ブランはいないと思う。でも巧妙に正体を隠していたいたら気づけないかもしれないだろう?」

「それは、そうだけれど……」

 さすがにそれは考えすぎではないかと思ったが、ネロは本気でその可能性を案じているようだった。

「俺は、二度と君を奪われたくない。ブランのことだけじゃなく、すべての危険から君を守りたいんだ」

「……だから、閉じ込めたの?」

「ああ。そうだ」

 そうすることが一番正しいと信じ切っているのだろう。ネロの口調には一切のよどみがない。

「痛みからも苦しみからも遠ざけて、ずっと俺の傍で生きていて欲しい。そして今度こそ一緒に、死にたいんだ」

 どうかしていると怒れればいいのに、テリウスとして生きたネロからの言葉と思うと否定することもできない。

 真摯にビアンカを見つめる瞳には何の迷いもなく、まっすぐだ。

 そうすることが絶対に正しいと信じ切っている。

(いいなぁ)

 湧き上がったのは怒りよりも羨望だった。

 ネロが見つめているのが、自分ではなく、自分の魂に宿るアルルだということがひどくうらやましい。

 ここまで想われたらどれほど幸せだろうかと。

(ああもう、仕方ないな)

 この人が望むなら側にいてあげたい。失恋の切なさや苦しみよりも、ネロを支えてあげたいという想いが勝ってしまった。

 ネロを好きだと自覚した時点でビアンカはもう負けているのだろう。

 不器用で頑固で一途なネロが愛おしい。たとえその心に他の誰かがいてもいい。ビアンカを求めてくれるのならば応えよう。

「……いいですよ」

「えっ」

「あなたが望むなら、側にいます」

 ネロの目が大きく開かれ、何度も何度も瞬く。

 信じられないと大きく書かれた顔をした後、じわりと頬を赤くさせた。

「ほ、本当か?」

「はい。前世のこと……私はまだはっきりと思い出せていませんが……あなたが言ってる嘘ではないとわかったから。信じてみようと思います」

「……! ビアンカ!」

 大きく手を広げたネロがビアンカを腕の中に閉じ込めるように抱きしめてくる。

 苦しいほどにきつく抱きしめられ、胸までがきゅうっとしびれる。

「大事にする。君を何より大切にすると誓うよ。ここでずっと二人で生きよう」

「それは嫌です」

「!」

 ビアンカの言葉にネロははじかれたように抱擁を緩め、顔をのぞき込んでくる。

 先ほどから一変して光のない黒い瞳がじっとりとビアンカを見つめていた。

「それは……どういう意味だ? さっき、側にいると言ってくれたのは嘘なのか」

「嘘じゃありません。ずっと閉じ込められるのは嫌なんです。さすがに横暴が過ぎますよ?」

「う……」

 正論をつけばネロの表情に焦りが滲む。

「全部隠して一方的に閉じ込めるなんてひどいです。私、すごく悲しかったんですからね」

 わざとらしいほどに大げさに腕を組んでみせれば、先ほどまでの勢いが嘘のようにネロがうろたえた。

「俺はただ、君を守りたくて」

「だとしてもです。私の気持ちを無視するなら、それは前世でブランがしたことと同じです。あなたは彼とは違うでしょう?」

「あたりまえだ!」

「……だったら、私にもう嘘は吐かないで。ちゃんと話を聞かせて」

 ネロの手にそっと己の手を重ねれば、ネロは少し迷いながらも頷いてくれた。

 まだ納得はしていないようではあったが、その表情は先ほどよりもずっと落ち着いている。

「君の意思を無視するようなことばかりして、すまなかった」

 するりと指が絡め取られ、手を握りあわせる。

 ぴったりとくっついた手のひらから伝わってくる温度に、ネロがきちんとビアンカに向き合おうとしてくれていることが伝わってくる。

「これからはちゃんと話す。君の質問にも答える。約束しよう」

「……はい」

 しっかりと頷けば、ネロはほっとしたように目元を緩ませたのだった。


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