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目を覚ましてからのテリウスの回復は早く、目を覚ました二日後にはベッドから起き上がっていた。
駆けつけた医師には数日は安静にするようにと言われていたのに、翌日には身体がなまるからといって剣を振るいだしたものだから、アルルは生まれてはじめて悲鳴を上げてやめて欲しいと叫んだほどだ。
十日を過ぎる頃にはほぼ完全に回復し、テリウスは復帰していった。
またこれまでと同じような生活がはじまるのかとさみしさを感じたアルルだったが、どうしたことかテリウスはその日の夕方、再び屋敷に戻ってきたのだ。
まさか体調を崩したのかと慌てたアルルに、テリウスはどこか気まずげに首を振る。
「家に帰ってきただけだ」
急な変化に戸惑うアルルは、翌日からさらに戸惑うことになる。
テリウスはそれからも毎朝仕事に行っては夕方には帰ってくるようになった。
食事を一緒に取る機会も増えた。
会話をすることはあまりなかったが、気がつけばテリウスが側にいる。そんな時間が増えて言った。
アルルがまわりの人々と交流していたことを知ったらしいテリウスが、外出に付いてきたこともある。
「私たちが平穏に暮らしてけるのは将軍様のおかげです」
自分を慕う人々に囲まれたテリウスがどう反応していいかわからずにひどく戸惑っている姿に、アルルは少しだけ笑ってしまった。
彼らの声を聞いたテリウスにはまたひとつ変化が訪れた。
戦場だけではなく、自分の手の届く範囲にいる人々にも手を差し伸べたいと考えるようになったらしい。
どうすればいいと問われ、アルルは喜んで力を貸した。
貯めてばかりだった報奨金を使い、戦で家族を亡くした子どもたちの住まいを整えたり、その日暮らしの者たちに食料を配り、新しい仕事を探す手伝いをしたりと手を尽くした。
おかげでテリウスの評判は上がり続けた。
テリウスの役に立てている。アルルにはそれが何より嬉しかった。
夫婦と呼ぶには遠いが、他人と名乗るには近い。
そんな関係がしばらく続いたある日、いつものように静かな夕食を済ませ、部屋に戻ろうとしたアルルをテリウスが引き留め、絞り出すように言葉を書けてきた。
「……俺は、君を誤解していた。ひどいことを言った。これまでのことを謝らせて欲しい」
ひどく真剣な顔をしていたから、とうとう離縁を告げられるのかと血の気を引かせたアルルだったが、テリウスから告げられたのは想像もしていなかった言葉だった。
テリウスは気まずげに視線をさまよわせながら、必死に言葉を選んでいるのがわかる。
「もっと早く伝えべきだったのに、遅くなって……申し訳ない」
「いえ、そんな……」
どうして急にと戸惑っていると、彼は乱暴に頭をかいた。
「皆に叱られたんだ。このままでは君に愛想を尽かされると」
「そ、そんなこと……」
あるわけがない。
アルルにとってテリウスはずっと大切な人だ。
どんな形であれ側にいられるだけで幸せなのに。
「俺が……意地を張りすぎていたんだ。君は、国王が俺を従わせるために送り込んできた、妻だと、思い込んでいた」
「……!」
「共に暮らしてわかった。君はそんなことをする人ではないと」
それは結婚してはじめて聞いたテリウスの長い言葉だった。
「今さらからもしれないが、俺と共に生きてくれないか。俺の、妻として」
「……!」
差し出された腕を拒む理由などなかった。
こんな幸せなことが自分の人生にあっていいのかとさえ思った。
テリウスの腕に抱かれて目覚めた朝の喜びは、アルルにとって生涯で最も大切な記憶となった。
肌を寄せ合い、口づけを交わし、心を通じ合わせた。
たくさんの贈り物や、ぎこちない愛の言葉。笑わないテリウスがはじめて微笑みを浮かべたとき、アルルは泣きそうなくらいに嬉しかった。
この先、何があろうとも共に生きていくのだと、魂に誓ったのに。
「アルル。君は僕のものになるんだ」
凶悪な顔で自分にのしかかってくるブランの姿に、アルルは自分の中の何かが壊れていく音を聞いた--




