30
部下に担がれて戻ってきたテリウスを見たアルルは言葉を失った。
「テリウス様!」
「……っ」
返事をする気力もないのか、テリウスはきつく目を閉じたままだ。
連れ帰ってきてくれたテリウスの部下に手伝ってもらい寝室に運び混む。
手当はされているようだったが、とにかく衰弱が激しいのがアルルの目からもあきらかだ。
「敵の武器に毒が塗ってあったようです。解毒剤を使いましたが、後は将軍の体力次第だと、医師が」
「そんな……」
ぜいぜいと浅い呼吸を繰り返すテリウスの姿に、アルルは胸を押さえた。
「何かできることはないのですか?」
「とにかく安静にして見守るほかはないと……」
己の無力さに、アルルは唇を噛む。
しかし嘆いたところでテリウスがよくなるわけではない。
「テリウス様。私が側におりますからね」
寝たきりとなってしまったテリウスを、アルルは献身的に看病した。
つきっきりで汗を拭いて包帯を変え、時には口移しで水や薬を飲ませた。
自分が眠るときはベッドにもたれるようにして休み、テリウスが少しでも声を上げたら跳ね起きて、その様子を確かめた。
使用人たちから、何度も休むようにと言われたアルルだったが、決して首を縦には振らなかった。
苦しむテリウスを一人になどしておけなかったからだ。
「ぐっ……みんな……なぜ……」
悪夢を見ているのか、テリウスは眠っている間中、ずっとうなされていた。
漏れ聞こえる声には様々な後悔の告白と苦しみが混ざって、アルルは胸が苦しくなった。
強い人だと憧れていたテリウスは、戦場で心に傷を負い続けていることをはじめて知った。
弱さを抱えながらも、それを隠し、ずっと戦い続けてくれているのだと。
「ありがとうテリウス様。あなたのおかげで皆無事だったそうですよ」
テリウスが倒れてからというもの、たくさんの見舞いの品が届いた。
中には手紙もあり、テリウスが救ってきた人々からの言葉がたくさん綴られていた。
何かを求めるようにさまよう手をしかと握ったアルルは、その言葉をテリウスに伝え続けたのだった。
そして数日後。
「う……」
短いうめき声と共にテリウスが閉じたままだった目をゆっくりと押し開けた。
状況を理解できないのか、まわりをぼんやりと見回したテリウスが、アルルの姿を認め、きゅっと眉間にしわを寄せたのがわかる。
その懐かしい仕草に涙が滲む。
「テリウス様! ああ、よかった!」
「何を……ウッ!」
起き上がろうとしたテリウスがうめいたため、アルルは慌ててその身体を押し止める。
「傷から毒がまわったせいで、ずっと寝込まれていたのですよ。どうかまだ安静にしていてください」
「毒、だと……?」
驚くテリウスにアルルは彼が運ばれてきた日のこと、数日間意識がなかったことを説明した。
普段は切れ長の目が丸く見えるほどに見開かれていく。
「そう、だったのか」
「回復されて、本当によかった……」
もう二度と話せないかもという想像を何度振り払ったことだろう。
テリウスが無事でいてくれたことが、本当に嬉しい。
喜びから張り詰めた気持ちがはじけたのか、アルルの目からはらはらと涙があふれた。
「っ……」
「も、もうしわけありません。私はさがりますので、お休みになってください」
こんなみっともない顔を見せられないし、テリウスも自分がいない方が気が休まるだろうとアルルはその場を離れようとした。
だが、その腕をテリウスが掴んだ。
「えっ」
驚きに声を上げれば、テリウスもまた己のしたことに驚いているのを隠しきれない顔をしている。
「あの」
「す、すまない」
うろたえたテリウスなどはじめてみた。
慌てた様子で手を離してはくれたが、何か言いたげに見つめられているせいでその場から動けなくなる。
何か言いたいことがあるのだろうかとじっと待っていると、テリウスが何度か瞬きをした後、ゆっくりと口を開いた。
「ずっと、ここにいたのか?」
「……」
アルルは言葉を詰まらせる。
自分を嫌っているであろうテリウスに側にいたと答えたら気分を害してしまいかねないだろうか、と。
だがテリウスの表情からはそういったものは感じ取れず、アルルは少しの間を置いて小さく頷いた。
「はい」
「……そうか」
静かな返事に怒りや嫌悪感は感じられず、アルルはほっと息を吐く。
「……声が、聞こえたんだ」
「え?」
「俺を呼ぶ声がずっと聞こえていた。君、だったんだな」
青い瞳がアルルを見つめていた。
初夜で向けられたような攻撃的なものではなく、ただただ優しいだけの眼差しに、こんなときだというのに心臓が高鳴ってしまう。
「ありがとう」
「っ……そんな……お礼なんて言わないでくださいませ」
アルルはただテリウスの側にいたかっただけだ。
感謝される理由などないのに。
混乱で一人慌てていると、テリウスが緩く首を振った。
「いや……君の声が俺をこの世界に引き留めてくれたんだと思う」
「テリウス様……」
「もう少し、側にいてくれ。俺が、眠るまでで、いい」
かすれた声で告げられた言葉に、アルルはみっともなく泣きそうになった。
はじめて誰かの役に立てた。それも、テリウスの役に。
「はい。ずっとお側におります」
これまでの人生が報われたような気持ちになりながら、アルルはテリウスの側に再び腰を下ろしたのだった。




