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アルルは、名もなき小国の末姫として生まれた。
母は身分の低い生まれであったが、美しかった故に強引に側妃となった人だったという。国王であった父はすぐに母が身ごもるとすぐに興味を失った。寵愛という後ろ盾のない母は冷遇され続け、アルルを産んですぐに病であっけなく死んでしまった。
残されたアルルは乳母により育てられたが、扱いは粗末なものだった。
日当たりの悪い最奥の部屋を与えられ、食事も衣服も最低限。妃や姉姫たちからは常に見下され、使用人がするような雑用を押しつけられることも多かった。
戦好きの国王のせいで国は常に荒れており、誰もが心の余裕がない時代だったこともあり、アルルは格好の憂さ晴らし道具だったのだろう。
成長したアルルは、亡くなった母とうり二つの姿に成長していた。淡いストロベリーブロンドに、紫水晶のを思わせるような瞳。雪のような白い肌。その美しい見た目が、ますます王族の女性たちの神経を煽り、アルルへの当たりを強くしていた。
使用人や兵士の男たちからは欲のこもった視線を向けられ、女性たちからも疎まれる日々。
自分は一体何のために生まれてきたのかとさえ思っていた。
いずれは父の道具として、国内の貴族か他国に嫁ぐのだろうと。
だが、その予想は大きく裏切られることになった。
突然の呼び出しに、アルルは何があったのだろうと不安を抱きながら、王の間にかけつけた。
もう日暮れも近いというのにたくさんの人間が集まっており、最後に入場してきたアルルへの視線が集まる。
国王の側に控える華やかな妃たちや、着飾った姉姫たちから向けられる冷たい視線に思わずうつむきかけるが、なんとかそれをこらえ、父である国王の前に跪くき頭を下げる。
王座に座った国王は最後にあったときよりも随分と老けていた。肌だけは不気味なほどなまめかしいが、髪は薄くなり、白目は黄色く濁っている。
「お呼びでしょうか」
「お前の嫁入りが決まった。テリウスの妻となれ」
決定事項として告げられたその言葉に息が止まる。
信じられないと顔を上げ王座を見れば、国王の表情には不快感が滲んでいるのがわかる。「……テリウス、様ですか」
「ああ。奴は先の戦いで大きな成果を上げ、将軍となった。平民の出とはいえ、何かしら褒美を取らせねば示しがつかぬからな」
(私が褒美? テリウス様の?)
アルルの頭は混乱でいっぱいだった。
テリウスという人物は、平民出身の兵士であったにも関わらず、数々の戦場で勝利に貢献した勇将だ。つい先日、国境で起きた戦闘でも大きな部隊をまかされていたとは聞いていた。
国民にとっては英雄的な存在だ。
そんなテリウスにどうして自分のような末席の姫が嫁入りするのだろうか。
状況を飲み込めずにいると、王妃が楽しげに口を開いた。
「よかったではないですか、アルル。ようやくお前の使い道が見つかったのですよ」
どうやらこの結婚は王妃がとりまとめたものであることがわかった。
側妃や姉姫たちの顔にもあからさまな愉悦が滲んでいる。
「あのような野蛮な男と添えるのはお前以外にはいないわ」
「そうそう。私たちには無理よ」
くすくすと笑い合いながら姉姫たちが囁き合っている。
きっと彼女たちにしてみれば、平民であったテリウスとの結婚という行為は受け入れがたいものなのだろう。
「あの男にはお前程度がふさわしいだろうて」
国王もテリウスを見下しているのが伝わってきた。
高貴な血を引く姫を与えるのは惜しい。だからなんの後ろ盾のないアルルが選ばれたのだと悟る。
「せいぜいかわいがってもらいなさいね」
「壊れてしまわなければいいけれど」
美しい顔から発せられるとは思えないほどの歪んだ言葉だった。平民であり軍人であるテリウスとの結婚で、アルルが心身共に苦しむのを想像して楽しんでいるのだろう。
だが、アルルの心を占めるのは彼女たちが想像している感情とは真逆のものだった。
(私が、テリウス様の、妻に)
じわりと頬に熱が集まってくる。
だがこの気持ちを周囲に悟られるわけにはいかない。
「……承知しました」
声を絞り静かに頭を下げれば、彼女たちが満足そうに微笑むのが伝わってくる。
後は静かにこの場を去ればいい、はずだったのに。
「待て」
国王の声に部屋の中の空気がぴんと張り詰める。
「もう一度、顔をよく見せよ」
「はい」
逆らう理由もなく顔を上げたアルルを国王がじっとりとした瞳で見つめてくる。
「しばらく見ていないうちに、随分と母親に似てきたではないか。惜しいことをした」
ぬかるんだ泥水のような声音にぞわりと肌が粟立つ。
ほとんど顔を合わせることのなかった父が、成長した娘にどんな感情を向けているのか想像したくもないが、彼のまわりの側妃の中にはアルルとそう年の変わらぬ者もいる。
法で近親婚は禁じられているが、夫婦という形にさえこだわらなければどうとでもなる話だし、何より父は国王だ。本気で望まれれば、抵抗など無意味。
アルルは恐怖で血の気が引いていくのを感じていた。
「父上。隣国から使者が待っておりますよ」
その空気を打ち破ったのは、場にそぐわぬ静かできれいな声だった。
「ブラン。来ていたのか」
いつの間にか王の間の入り口に、一人の青年が立っていた。
少しくすんだ金色の髪、眦のさがった柔らかい雰囲気の目元、そして透けそうな白い肌。長身ではあるが肉付きの薄い華奢な身体を白い法衣に身を包んでいる彼、とても清廉な雰囲気を漂わせている。
「ブランお兄様……」
かすれた声で呼びかければ、腹違いの兄であるブランがアルルに優しげな視線を一瞬だけ向けた。
ブランはこの国の第一王子で、とても優秀な人物だ。争いを好まず、話し合いで物事を解決することを望む性格で、王族の中で、唯一アルルを気にかけてくれている存在でもある。
だが生まれつき身体が弱いこともあり、他の兄たちのように戦場に出ることはできないらしい。
そのため国王の補佐として政治に深く関わっていると聞いている。
「使者殿は、父上がなかなかいらっしゃらないので焦れておいでです」
「待たせておけばよいものを……まあいい」
ブランの声かけに父親はアルルから興味を失ったらしい。まとわりつく妃たちを煩わしく押しのけ緩慢な動きで立ち上がる。
「嫁入りの段取りはブランに任せてある。よきようにせよ」
「かしこまりました」
助かったと思いながら、アルルはもう一度頭を下げたのだった。




