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「ビアンカ」
「……はい」
「確かに君の言うとおり、俺の前世であるテリウスとアルル姫は心を通わせた夫婦でした。最初はテリウスの傲慢さで姫を遠ざけましたが、姫はひたむきにテリウスを想ってくれた。ささやかな贈り物に喜ぶアルルを愛しいと、大切だとテリウスは想うようになったんです」
「……!」
言葉を選びながら噛みしめるように語る言葉に心臓が高鳴る。
ネロの声に導かれるように、テリウスがはじめてアルルに花を贈ってくれた日のことを思い出した。
それまでは見送りにも出迎えにも冷たい視線しか向けてくれなかったテリウスが、無言のまま差し出してくれた花。
嬉しくて嬉しくて、大はしゃぎで部屋に飾って愛でた。
それからテリウスは毎日のように花を持って帰って来るようになった。
部屋中が花であふれてしまい、もう飾るところがないから大丈夫だとやんわり告げれば、テリウスは困り果てたように立ち尽くした。
『……じゃあ、君は何を贈ったら喜んでくれるんだ』
絞り出したその言葉に、アルルは『あなたが無事に、ここに帰ってきてくれるだけで嬉しい』と返した。『叶うなら、ただいまと言ってくれるともっと嬉しい』とも。
「テリウスはアルル姫を心から愛するようになりました。夫婦として共に生きる日々に幸福を知った。愛し愛される喜びを学び、テリウスは人になったんです」
ぎこちなくも夫婦として積み重ねた日々が蘇ってくる。
愛してくれた。大切にしてくれた。テリウスなりに精一杯思いを伝えてくれた。
アルルは幸せだった。これまで誰にも愛されなかった人生の中で、こんな幸せが自分に訪れるてくれたと溺れていた。
「テリウスはすべてのしらがみ捨てて、姫と生きる未来を望んだんです」
「じゃあ……やっぱり」
期待に胸を膨らませるビアンカを見つめていたネロが悲しげに目を伏せた。
「だがテリウスはアルル姫を殺した」
その言葉に部屋の空気がぴんと張り詰めた。
頭の中を締めていた幸せな思い出が、一気に黒く染まる。
音が遠のき、自分が立っている場所がどこかわからなくなっていく。
(殺した? テリウスがアルルを殺したのは、本当のことなの?)
あんなにも幸せな記憶から、どうしてそんな残酷な未来が訪れたのだろうか。
信じられない。信じたくない感情に混乱し、ビアンカははくはくと唇を動かした。
「テリウスは……俺は……この手で、愛しい姫を殺した……殺すしかなかったんだ」
「……ネロ様?」
自分の手を見つめ、身体を震わせるネロの姿にビアンカは我に返る。
「それしかなかったんです。俺ができたのは、あなたを苦しませずに逝かせることだけだった。すぐに一緒に逝くつもりだったんだ。なのに、なのに……!」
その場に膝をつき、ネロが苦しみはじめる。
「ネロ様!」
ビアンカはそんなネロに駆け寄り、今にも崩れ落ちそうな身体に抱きついた。
「落ち着いてください。ネロ様」
「どうして……どうしてあなたが死ななければならなかったんだ。どうしてあんな苦しみを……」
ボロボロと涙を流すネロの姿に胸が苦しくなる。
泣かないで。苦しまないで。アルルのことで悲しまないで。
気がついたときにはビアンカも泣いていた。きっと、ビアンカの中に残るアルルも。
「ネロ様。私はもう苦しくないです。死んでもない。ここにいます」
強い力でしがみついてくるネロの背中をそっと撫でる。
「あなたの苦しみを教えてください。私は、私としてあなたに寄り添いたいんです」
ネロが心から求めているのがアルルだとしても構わない。支えてあげたい。側にいたい。
この選択に苦しむ日が来ても後悔なんてしない。そう思えた。
「……ビアンカ」
強い力で抱きしめられると、それだけで胸がいっぱいになる。
「あの日……本当は何があったんですが。どうしてテリウスは、アルルを殺さなければならなかったんですか?」
涙で濡れたネロの瞳が、大きく揺れ、きつく閉じられる。
「俺たちを引き離したいと望んだ奴がいたんだ」
「……奴?」
うなるような声に混ざるのは、憎しみだった。
「俺は、そいつを信頼していた。君と生きる未来を作ってくれると信じ切っていた。だが違った、奴は最初から平和など望んでいなかったんだ」
ざわざわと胸の奥から不快感がこみ上げてくる。
ネロが誰のことを伝えようとしているのか、わかりたくないのになぜかわかる気がするのだ。
「奴は……奴は善良な顔をしてずっと機会をうかがっていた。あの国を手に入れる日を。そして、君を手に入れる日を」
『やっと手に入った。アルル、君は僕のものだ』
「……!」
頭の中に響いた声に、全身の毛が逆立つ。
怖くてつらくて悲しかった。どうしてこんなことをするのか。信じられない許せない。
アルルの悲鳴が体中に響く。
「それ、って」
「ブラン」
「っ……」
「君を俺から奪い。俺に殺させたのは、アルルの兄、ブランだ」
「……!!」




