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愛してる、俺と一緒に死んでくれ――前世で私を殺した夫がなぜかぐいぐい迫ってきます  作者: マチバリ


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 ネロはまだ机に付いたままでこちらに近寄ってくる様子はない。

 ちらちらとこちらの様子をうかがっているようだが、目を合わせてはくれないのが少しもどかしい。

(前はあんなに見ててくれたのに)

 出会ってからあの日まで、ネロはいつだってビアンカを見てくれていた。

 その視線をいつしか当然のものと信じていたことに、再び今さら気づかされる。

 ネロから与えられる好意にあぐらをかいていたせいで、こんなにもこじれてしまった。

 唇をきゅっと引き結んだビアンカは、つかつかとネロの座る机の前まで歩み寄る。

「ネロ様。お話があります」

「っ……」

 椅子に座ったままのネロがびくりと身体を揺らした。

「い、嫌だ」

「えっ?」

 まるで子どものような返事にビアンカは思わず目を丸くする。

 ネロはビアンカから距離を取るように身体をのけぞらせ、顔を背けてしまっていた。

「嫌って……」

 まさかもう嫌われてしまったのだろうか。先ほど、目を合わせてくれたのは驚いていたからで、冷静になったことでビアンカに愛想を尽かしていたのだとしたら。

 そんな想像に心臓がきゅっと苦しくなる。

「俺は君を手放すつもりはない。国に帰ることも許さないし、婚約解消しない。この屋敷からだって出してあげるつもりはない。君が何を言ってもそれだけは駄目だ。ここでなければ君を守れない。絶対に離さない」

「…………はい?」

 早口に告げられた言葉に唖然として、思わず間抜けな声がこぼれた。

 その反応が嫌だったのか、ネロがはじかれたようにこちらを見た。

「ビアンカ。君がなんと言おうと、俺は君と結婚する!」

 まるで駄々っ子のような口調だった。

 ビアンカを見るネロの表情には必死さが滲んでいて、その目元がわずかに赤いのがわかる。

(もう)

 涙が出そうになった。

 そんな顔をするほどに自分を必要としてくれていることが、嬉しいと感じてしまった。

 たとえネロが欲しているのが、ビアンカの中にいるアルルだとしてもいいではないかとさえ思えてしまう。

「……ばか」

「えっ」

 ぽつりとこぼれた自分への罵倒に、ネロが息を呑んだ。

 いつだって余裕のある笑みを浮かべている彼がわずかに青ざめ、あからさまにうろたえている。

「ビ、ビアンカ……俺は」

「私がいつ、ネロ様と離れたいなんて言いました?」

「え?」

「きちんとお話がしたかっただけなんです。顔を合わせて、目を見て、私はあなたにちゃんと気持ちを伝えたかったんです」

「気持ちを……」

 怯えを滲ませたネロに、ビアンカは苦笑いを向ける。

 ネロも怖かったのだ。あんなにも強引にビアンカを妻にしたくせに、嫌われることや去られることを恐れている。守れなくなると訴える姿には切実さがあった。

 きっとそれはビアンカが忘れている前世の何かに関わることなのだろう。

 随分と遠回りしてようやくネロの本心に触れられた気がする。

「ネロ様。私、最初はあなたが怖かった」

 ネロの表情がきゅっとこわばり、何かを噛みしめるようにわずかにうつむいてしまった。

「私の……アルルの記憶にあるテリウス様はアルルにずっと背を向けていたわ。そして最後は命を奪った。だから、怖かった。また殺されるのかもって」

「……それ、は」

「でも、ネロ様はずっと私に優しかったわ。大切にしてくれた。私、それが嬉しかったんです」

「……!」

 はじかれたように顔を上げたネロの頬は、わずかに赤くなっていた。

「このまま二人で生きていくのも悪くないって思うくらいには、満たされてたんです」

「ビアンカ、じゃあ……」

「だからあの日のネロ様の言葉がどうしても許せなかった。私の気持ちを無視して、私を閉じ込めようとするネロ様が」

「っ……」

「ネロ様。あなたは私のため……ううん。アルルのために何かを決意してるんですよね?」

 問いかければ、ネロのきれいな瞳がわずかに揺れた。

 ああやはりネロが見ているのはビアンカではなくアルルなのだと思い知らされる。

「なぜ、そう思うんですか」

「……あなたと過ごすようになってから、私は私が知らなかったアルルとテリウスの姿を思い出すようになったんです」

「な……!」

 目を見開くネロから伝わる動揺に、ビアンカは肩をすくめてみせる。

「これまで私は、アルルはテリウスと不仲のまま死んだのだと思ってました。でも違うんですよね。アルルとテリウスはちゃんと夫婦だった。幸せだった日々があったんですよね?」

「…………」

「無言は肯定とみなしますからね」

 きつく唇を引き結んだままのテリウスに、ビアンカは意を決して最後の一押しを仕掛ける。

「アルルはテリウスに殺されたと思い込んでいました。でもあなたは私を殺していない。違いますか?」

 もしあの仲睦まじい記憶が真実ならば、たとえクーデターが起きたとしてもテリウスがアルルを殺すはずがない。新たな国王になったのが兄であったブランならばなおのことだ。

 誰かに殺されたアルルをテリウスが看取った。死の間際であったせいで、殺された記憶と混濁してしまった。

 そうに違いない。そうであって欲しい。

「……ネロ様。教えてください」

「……」

「私、あなたに大嫌いと言ったことを後悔してます。でも今のままじゃ謝りたくない。だからちゃんと教えてください。私たちにあったことを。あなたの気持ちを」

 そして、ちゃんと好きだと言わせて欲しい。

 祈るような気持ちで長い沈黙を耐えていると、ネロが詰めていた息を長く吐き出した。それからゆっくりとビアンカに顔を向ける。

「……!」

 今にも泣き出しそうな、そんな顔だった。


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