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愛してる、俺と一緒に死んでくれ――前世で私を殺した夫がなぜかぐいぐい迫ってきます  作者: マチバリ


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 一人廊下を走りながら、ネロは今にもひび割れそうな心臓を守るように胸をきつく押さえていた。

『大っ嫌い』

「う……」

 何より大切で愛しいビアンカからのその一言は、ネロの心臓を貫き今にも命を奪いそうなほどの致命傷を与えてきた。

 逃げるようにビアンカの部屋を飛び出し、自室に駆け込む。

 誰も室内にいないことを確かめて内側から鍵をかけ、ずるずるとその場に座り込んだ。

「ビアンカ……ビアンカ……」

 哀れっぽい自分の声に情けなさがこみ上げてくる。

 どうして大事にできないのだろう。どうしてあんな顔をさせてしまったのだろう。

 押し寄せる後悔で、今にも溺れそうだった。


 ネロが己の前世を思い出したのは十歳の誕生日のことだった。

 誕生日の祝いにとこの国に古くから伝わる名剣を渡された瞬間、すべてを思い出した。

(これは、俺の剣だ)

 この国が生まれる前に存在していた小さな国で、テリウスと呼ばれていた男。

 それがネロの前世だということを。


 テリウスは小さな国のはずれにある集落で生まれた。

 物心が付いたときにはすでに国は戦争ばかりで、父親は兵役に出たきり帰らぬ人となった。

 母はテリウスと弟を養うために人一倍働いていた。

 テリウスは早く大人になって母を助けたいと思っていた。楽をさせてあげるのだと。家族みんな仲良く豊かに暮らせるようになればいいと。

 そんなささやかな願いが、夢であり希望、だったのに。

「母さん! みんな!!」

 美味しいものを食べさせてやりたいと大人に混ざって山に狩りに行っていたテリウスを迎えたは、冷たくなった家族の亡骸だった。

「王都から国王が視察だと行って急にやってきたんだ。お前の弟ははじめてみる馬車を近くで見ようとして飛び出したんじゃよ。それで馬が驚いて……それで兵士が……お袋さんはそれをかばっていっしょに……」

 教えてくれたのは近所に住まう老人だった。

 止める暇も助ける暇もなかったという。

 剣によって貫かれ無残な姿になった母と弟を抱いてテリウスは慟哭した。

 自分たちが何をしたというのか。ただ平穏に暮らしたかっただけなのに。

 勝手に戦争をはじめて父を奪い、母と弟まで奪った国王が許せなかった。

「絶対に 復讐してやる」

 だが、ただの平民では国王に刃を向けるなど不可能だ。ならどうすればいい。国王の近くに行くためには何をしたらいいかを幼いテリウスは必死に考え、ひとつの答えにたどり着いた。

 強くなればいい、と。

 今の国王は戦に明け暮れ、強いものを徴用することで有名だった。

 幸いにもテリウスは体格に恵まれていた。年をごまかし、大人にまざり剣を振るい、戦に参加し武勲を立てた。

 気がついた時には平民でありながら、ひとつの部隊を任せられるほどまで出世していた。

 将軍という肩書きを得て、国王に謁見するところまでたどり着いた。

 後少し。後少しで家族の仇が取れる。復讐ができる。

 そう、思っていたのに--


『お前に褒美を取らせる。我が娘を妻として娶る誉れを与えよう』


 仇である国王がテリウスを恐れはじめていたのは感じていた。

 今や国民の大半は、戦で功績を挙げ、国を守るテリウスを支持している。

 テリウスの人気への嫉妬、いずれ自分に牙をむくのではという恐れ、利用してやろうという下心。

 狡猾な為政者である国王はテリウスに首輪を付けることを思いついたらしい。

(国王の娘……王女だと? 着飾ることしか頭にない醜悪な女ばかりではないか)

 断りたかったがまだ国王に睨まれるわけにはいかない。

 唾棄したい気持ちをこらえ褒美を受け取ることを受け入れたテリウスの前に現れたのは、国王のまわりに侍る王女たちとはまったく別のはかなげな少女だった。


『アルルと申します』


 春の小鳥のさえずりのような愛らしい声。折れてしまいそうなほどに細い手足にまぶしいほどに白い肌。今にも泣き出しそうに見える大きな瞳。

 身分の低い妃が生んだ末姫。それがテリウスの妻となった王女だった。

 他の王女たちと違い母親に力がないことから何の権力もない存在だと教えられ、なるほどあのプライドの高い国王が平民上がりのテリウスにためらいなく与えたわけだと納得した。

 きっと自分を誘惑し国王の忠実な僕になるように囁いてくるのだろう。見た目は聖女のようでも、腹の中ではテリウスを卑しい身分だと見下しているに違いない。

 思い切り冷たくしてやろう。愛することなどないと伝えて放置すればいい。そう思っていたのに。


『テリウス様』


 アルルはどんなに冷たく接してもテリウスに微笑みかけてきた。

 傷を負えば心配し、学のないテリウスを助けるためにたくさんの助言をしてくれた。

 聞けば彼女の母は身分が低く、ずっと王宮で冷遇されていたという。

 テリウスの妻になれたことが嬉しいと、誇らしいと言ってくれた。

 優しく自分を呼ぶ声を心地よいと思ったときには、もう堕ちていた。

 はかなく折れそうなほどに細いのに、あたたかくて柔らかい身体を知ってしまった。

 愛しさの滲む視線と甘い微笑みを愛しいと感じてしまった。

 彼女のため生きたい。

 二人で生きていけるならばこの復讐の刃を捨ててもいいとさえ思えたのに。


『旦那様……愛しています……』


 冷たくなっていくアルルの言葉に涙が止まらなかった。

 絶望が世界を覆い尽くし魂が死んでいくのがわかった。


『なぜお前が泣く。お前が殺したくせに!』


 そう責め立てる声に逆らう気力すらなかった。

 この世界のどこにもアルルがいない。

 生きている理由がほんとうになくなってしまった。

 すべてを失い、アルルの亡骸まで奪われた。

 いっそ一緒に死ねていたらよかったのにと何度も己を恨んだ。

 もしまた会えるなら絶対 に間違えない。

 自分がやるべきことは復讐でなく、アルルを守ることだ。

 世界のすべてから彼女を守り愛していると伝えずっと自分の側に縛り付けておくのに。

 そんな執念めいた思いがネロの心を占めた。


「アルル」


 取り戻した愛剣を抱きしめ、ネロは涙を流していた。

 生まれたときから抱いていた喪失感と焦燥感の正体がようやくわかった。

 自分はずっとアルルを探していたのだと。

 あの日のことを心から詫びたかった。

 もう一度、アルルを抱きしめたい。


 だが国中どこを探してもアルルは見つからなかった。

 生まれ変わったのは自分だけで彼女はもうこの世界のどこにも存在していないのかもしれない。

 前世とは違い家族は健勝だったが、関係は良好とはいえぬもので、ネロはずっと孤独だった。

 この人生はアルルの命を奪った己に課せられた咎--そんな諦めにも似た絶望に身を任せていた。


「……は……」


 だけれどネロは見つけてしまった。

 アルルの魂を持つビアンカという運命を。

 一目でわかった。アルルだと。

 前世とは異なり、感情豊かでまっすぐだったが、間違いなくその魂はテリウスが愛した女だと本能が叫んでいた。

 そしてビアンカもまたアルルだった時のことを覚えているのもすぐにわかった。

 それも不完全な形で、だ。

 ネロを見ておびえ、逃げていった背中に心が震えた。


「神よ……!」


 前世では憎しみすら抱いていた運命の神に、はじめて感謝を叫んだ。

 最初はアルルの魂をもつビアンカを今度こそ守るために求婚をした。

 側に置いて前世の分も大切にするのだと。だが。


「ああ、なんと愛しい」


 ネロはすぐにビアンカに心を奪われてしまった。

 前世に引きずられず、今世を懸命に生き、まわりの人々から愛され大切にされて育ったビアンカ。

 くるくると変わる表情や健康的に動き回る姿がかわいくて愛しくてたまらなかった。

 その微笑みを自分だけのものにしたい。愛したい。愛して欲しい。傍にいて欲しい。

 身勝手な感情のままに強引に婚約者にして、祖国に連れ帰り、彼女の優しさにつけ込む形で己の物にした。

 絶対に手放さない。何があっても守り抜く。

 この人生はビアンカのためにあるのだから、と。


「う、うう……」

 あんな顔をさせるつもりじゃなかった。

 何も思い出して欲しくなかった。もう二度とあんな思いをさせたくなかっただけなのに。

 結局、自分の存在はビアンカのためにならないのかもしれない。

「ごめん、ビアンカ。でも愛しているんだ」

 本当は逃がしてあげるのがビアンカのためになるのかもしれない。それでもネロはどうしてもビアンカを手放せない。

 ビアンカに会えない日々など想像だってしたくない。

 彼女がどこかで幸せに生きていてくれればいいなんてきれいごとを口にすることさえ、できそうにもない。

 自分の欲深さに呆れながら、ネロはきつく目を閉じることしかできなかった。


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