19
窓の外はとてもいい陽気だが、ビアンカの心には暗雲がたちこめていた。
先ほどからずっと読んでいる本の内容はちっとも頭に入ってこない。
本を閉じて机に置くと、座っていたソファにはしたなく身体を投げ出す。
プルメリアと面会してから数日。ネロの言葉通り、ビアンカはほぼ自室に軟禁されている。
外に出られるのはネロが一緒の食事時だけと、図書室など屋敷内の移動のときだけ。そのすべてにメイドかネロが同行しているため、部屋の中以外ではビアンカは一人になることもできないでいた。
「ふう……」
重いため息が勝手に口にからこぼれる。
生活に不便はない。メイドたちはいつも気を遣ってくれて申し訳ないくらいだ。
もともと屋敷の外には出られなかったこともあり、思ったよりもストレスは感じていない。
だが。
「ネロ様は一体何を考えているのかしら」
ネロとは食事は一緒に取るものの、以前のように息苦しいまでに接触してくることがぐっと減った。
部屋に入り込んでくることもベッドに引きずり来られることもない。
むしろ話をしようするとすぐにいなくなってしまう。
つまり、完全に避けられているのだ。
「はぁ」
快適と言えば快適なのだが、ビアンカはどうにも落ち着かなかった。
婚約者候補だったというプルメリアのことを思い出す。
不気味なほどに前世のビアンカであるアルルに似ている彼女と、ネロ。
ネロがいつ前世を思い出したかはわからないが、少なくともビアンカと再会する前には記憶を持っていた違いない。
つまりプルメリアがアルルそっくりなことはわかっているはずだ。
「プルメリア様が私の生まれ変わりだとは考えなかったのしかしら……」
出会ったときの熱烈さを思えば、プルメリアに執着してもよさそうなものなのだが、彼女の言葉を信じるならばネロは婚約には乗り気ではなかったことになる。
プルメリアは見た目こそ同じでもアルルではないことがわかっていたからなのか、それとも別の理由があったのか。
「わからないことだらけね」
これまでのネロの行動だってその真意がわからないのに、また新しい謎が生まれてしまった。
詳しい話をしたくてもネロはビアンカと話をしないようにしている。
そのうえ外出まで禁じられて。
「よく考えなくてもひどくない?」
再会してからというものネロはビアンカを振り回し続けている。
前世では命を奪い、今世では自由を奪われ。
よく考えなくてもなかなかにひどい男だ。
でも。
「……憎めないのが困るのよね」
強引ではあったが、ネロはずっとビアンカを大事にしてくれていた。
今回のことも何か理由があるのではないかと思ってしまうのだ。
「ああもう。今世ではうじうじしないと決めたのに!」
生まれ変わったのだから今度こそは楽しく生きようと心に決めていたのに、どうしてこんなに悩まなければいけないのか。
納得できないとうなりながらうだうだしていると、机の上に詰まれた本のひとつに目がとまった。
「……ヘルバ建国記……?」
この国の名前が記された背表紙は、他の本に比べてとても豪華だ。
することがなさすぎて図書室からとにかくたくさんの本を持って来ていたのだが、こんな本を選んだだろうか。
何気なく手を伸ばし本を手にとる。
ずっしりと重いそれを膝に乗せて表紙を確認すれば、それはタイトル通りこの国の建国からの歴史が記された歴史書のようだった。
「へぇ、すごいわね」
さすがは大国と思いながら本を開けば、長く読まれていなかったのかほこりっぽいにおいが鼻をくすぐった。
「……!」
最初のページが目に入った瞬間、ビアンカは息を呑んでいた。
そこにはヘルバを建国したとされる初代皇帝の言葉が記されていたのだ。
「なん、で」
その文字は今は使われていないとても古い言葉で書かれていた。
高位の貴族であっても学ぶことさえない言語だったが、ビアンカは考えなくても読むことができた。
心臓が激しく脈打つ。まさかまたこの文字を目にする日が来るなんて信じられない。
そっと文字に手を伸ばせば、前世の記憶が一気に蘇っていく。
言葉の最後には初代皇帝の署名がしてあった。
懐かしい筆跡に涙が滲む。
「お兄様……」
この文字は、ビアンカが前世でつかっていた言葉。
そして初代皇帝の名前は、忘れもしない異母兄であったブランだった。




