15
鳥のさえずりの音に意識が浮き上がる。
重い瞼を開ければ、カーテンの隙間から光が差し込んでいるのが見えた。
「朝……?」
ぼんやりとした頭でそう呟いて身体を起こそうとしたけれど、なぜか全身が気怠い上になにかに拘束されているかのように手足が動かない。
「え……? えっ!?」
身じろぎをした瞬間、背中に自分以外の重さと体温を感じビアンカはカッと目を見開いた。
首だけをなんとか動かして自分の後ろを見れば、そこには目を閉じ寝息を立てているネロがいて。
(~~~~~~~~~~!)
昨晩のことが鮮やかに思い出され、ビアンカは声にならない悲鳴を上げる。
(わ、私なんてことを)
ネロの身の上を知り、疲れ切った彼の姿にひどく動揺してしまった。
愛していると囁かれ、冷え切った手を拒めなかった。
前世の彼を好きだった自分が、ネロに寄り添いたいと強く願ってしまったというのは言い訳になるのだろうか。
(どうしよう。結婚前なのに)
婚約者として同じ屋敷に住んでいるのだからもういいじゃないかという囁きと、王族の婚姻なのだから婚前交渉はよくないという叫びが頭の中でぶつかり合う。
とにかくネロの腕から逃げ出したいが、がっしりと抱きかかえられており首から下はどうにもならない。
ネロが着せてくれたのか寝間着は身につけているものの、肝心の彼は上半身裸なので心臓に悪い。
(どうしたら)
なんとか逃げだそうと手足をばたつかせていると、ネロがわずかに身じろぎをした。
「……ビアンカ?」
「ひぅ!」
首筋を撫でる甘い吐息に思わず声を上げれば、抱きしめている腕の力がぎゅと強まった。
「ああ……夢じゃない……君がいる……」
「あ、あの」
そのままくるりと身体が反転し、ネロがビアンカに覆い被さるように見下ろしてきた。
「ようやくだ。ようやく、君に触れられた」
熱っぽいその声にビアンカは「ひっ」と短く喉を鳴らした。
今のビアンカは白いレースでできた扇情的なネグリジェしか身につけておらず、あまりにも無防備すぎる状態だ。
「どうして逃げるんだ? 俺たちは夫婦だろう」
「ま、まだ婚約しただけです」
「だとしてももう夫婦も同然だ」
見下ろしてくる顔は恐ろしいほどに美しい。
陶器のような肌、黒曜石のような瞳、さらりと揺れる漆黒の髪。すっと通った鼻筋に、少し薄い唇。一度見たら二度と忘れられないほどの造形美。
「ネロ様、落ち着いてください」
呼びかければ整った眉がへにゃりと下がる。
「ネロ、と。ビアンカ、俺たちはまた夫婦になるんだから他人行儀な呼び方はやめてくれ」
目を潤ませているネロを見上げながら、ビアンカはひえとか細い声を上げる。
大きな手がビアンカの頬を撫で、編んでいない髪をいたわるように指先でもてあそんでいく。
素肌に感じる体温はビアンカよりも少しだけ熱い。
「髪を下ろしていると、また違った雰囲気でかわいい。このままこの部屋に閉じ込めて一生誰にも見せないで俺だけのものにしておきたくらいだ」
うっとりと甘く、そして恐ろしいことをさらり囁くネロも整えていない髪が顔に影を作り、普段とは違う様相だ。
(い、色気がすごい。そして怖い)
ときめけばいいのか怖がればいいのか悩んでいる間にどんどん距離が近くなり、今にもお互いの唇が触れそうに近づく。
「愛してるよ、ビアンカ」
『お前を愛することはない』
甘ったるい告白に、かつて投げつけられた言葉が重なる。
あの時とは何もかも違う。お互いの顔も、名前も、立場でさえ。
もう二度と会うことはないと思っていた。
だというのになぜまた夫婦になってしまったのか。
(いったいどうなっているのよ)
「二度と離さない。君は俺だけの運命だ」
「あのっ」
せめてもう少し話をしたいとネロの胸に添えた手はあっけなく握り込まれてシーツに縫い止められた。
「君を殺していいのは、今世でも俺だけだよ」
覆い被さってくるたくましい身体を感じながら、ビアンカはどうしてこうなったのかを必死に思い返していた。きゅうっと心臓が締め付けられる。
まるでずっと探していた母親に会えた子どものような声音だった。
大きな手がするりと服の中に入ってきて素肌を撫でる。
「っ……あ……!」
思わず甘ったるい声を出せば、背中にネロの身体が押しつけられた。
「かわいい……ビアンカ、ビアンカ」
「んっ、あ、だめっ」
結局そのままずるずると再び貪られ、気がついた時にはすっかりと日が昇りきってしまっていた。
とはいえネロは仕事があるからと、昼前には寝台から起き上がったものの、名残惜しげに顔中にキスを落とされ続けたので、最後には「いい加減にしてください」とビアンカはさけんでしまった。
ようやくネロから解放されたビアンカだったが、疲労感から夕刻近くまで寝台から出られず、心配したメリーにかいがいしく世話を焼かれたのだった。




