14
その夜、ベッドに潜り込んだビアンカはなかなか寝付けないでいた。
ネロの置かれた複雑な立場を知り、あれこれと考えていたせいで頭が冴えてしまった。
普段ならとっくに帰っているはずのネロがまだ帰宅していないのも落ち着かない。
寝返りを打ちながら、ふうとため息をこぼす。
「ネロ様、大丈夫かしら……」
「心配してくれるのかい?」
「ひゃあ!」
思わずこぼれた呟きに返事があったことでビアンカは悲鳴を上げて飛び起きた。
「ね、ネロ様……!?」
みれば部屋の中にネロがいた。
扉が開いた音など聞こえなかったのにどこからどう入ってきたのか。
「あ、あの」
恐怖と混乱でビアンカが固まっていると、ネロが足音も立てずに近づいてくる。
「ただいまビアンカ」
そう告げるネロの顔はいつもより随分疲れているように見えた。
「おかえりなさいませ……どうなさったのですか?」
昼間の話を思い出したせいか、何か嫌な目に遭ったのではないかとビアンカは反射的に手を伸ばしていた。
(あ……)
つい触れてしまったネロの手は冷え切っていた。
大きく男性らしい手は少しカサついていて、気のせいかわずかに震えているように感じる。
いたわるようにその手を優しく撫でれば、逆にしっかりと掴まれてしまった。
「どうして君は……」
「っ」
熱っぽい瞳がビアンカを捕らえた。
すでに寝間着に着替えているせいか、色気のあるネロの姿に心臓が激しく脈打つ。
「こんな時間に俺の手を取るなんて誘ってるのか?」
「ち、違っ……」
ベッドに両手をついたネロがぐっと顔を近づけてきた。
落ち着かない気持ちで視線を泳がせれば、ネロが心配そうに目を細める。
「俺に君が優しくするなんて……何かあったのか?」
「っ」
いたわるような言葉に息が止まる。
薄暗いせいで、前世の夫テリウスにいたわられているような気持ちになったのだ。
『何かあったのか?』
(……あれ?)
その瞬間、あるはずのない記憶がビアンカの頭をよぎる。
テリウスがアルルを気遣うような優しい言葉をかけてきたという、これまでには思い出さなかったものだ。
(夢……? それともネロ様のせい?)
テリスウはずっとアルルに冷たかったはずだ。
こんな優しい言葉をかけてくれたことなんてない、はずなのに。
「ネロ、様」
アルルだった頃に抱いていたテリウスへの恋慕が身を焦がす。
同時にネロを案ずるビアンカとしての心も大きく脈打った。
「逃げないのか?」
逃げていいのだろうか。逃げるべきだとわかっているのに、身体が動かない。
見つめ合っていると、ネロがゆっくりと顔を近づけてきた。
「愛してる」
どくりと大きく心臓が跳ねた。
「信じてくれなくてもいい。でも俺は君だけを、君をずっと愛しているんだ。過去も今も、そしてこれからも……俺は君だけを愛してる」
「ネ……ん……」
名前を呼ぼうとした唇が触れるだけの口づけにより塞がれる。
すぐに離れた唇は、すぐにまた降りてきて、今度はもっと深く強く口づけてくる。
ネロの大きな手がビアンカの肩を掴み、その身体をベッドに押し倒した。
「愛してるよ」
声も表情も何もかも甘いのに、ビアンカを見つめるその瞳は泣きそうに揺れている気がした。
覆い被さってくるネロの身体は焼けるように熱い。
ビアンカはゆっくりと目を閉じ、その体温に身を任せたのだった。




