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午後からはこの国の歴史や作法を学ぶための授業が儲けられた。
やってきたのはサリアン伯爵家のご夫人で、凜とした厳しそうな女性だ。
「はじめましてビアンカ様。ネロ様との婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「あのネロ様の心を射止めた方と聞いて楽しみにしておりましたの。可憐でありながらも芯のある眼差し……とても素敵なご令嬢で嬉しいですわ」
「は、はは……」
サリアン夫人はこの国の成り立ちや貴族の関係など、大変わかりやすく説明してくれた。
この国は今は大国と呼ばれているが、もともとは小さな国の集まりだったそうだ。各国を取りまとめた初代の国王が今の国の基礎を造り、王族はその血を引いているのだという。
「以前は、王族の血を保つためにと従兄弟同士などの親族結婚が多かったそうですが、今は禁じられております」
「従兄弟同士でも駄目なのね」
あちらでは従兄弟同士は結婚できたが、この国では禁止されているらしい。
その他、有力な貴族や王家の傍系などの説明を受ける中でビアンカはふとあることに気がつく。
「第一王子殿下は王太子ではないのですか?」
ビアンカの質問にサリアン夫人の表情がわずかに曇る。
(あれ?)
何か悪い質問をしたのかと戸惑っていると、サリアン夫人が少し考えてから口を開いた。
「まだ決まっていないのです」
「そうなんですか?」
「第一王子殿下は療養中なのです。そのためまだ王太子を拝命してはおりません。一部の貴族からはネロ様は推す声があがっていますが、ネロ様はそれを望んでいらっしゃいません。むしろ兄である第一王子殿下を支えると公言なさっておいでなのですが……」
言葉を途切れさせたサリアン夫人は視線を床に落とす。
「第一王子殿下はネロ様が王位を狙っていると信じていらっしゃり、今、お二人の関係はとても複雑なものとなっております。そういったこともあり、ネロ様は婚約者をお決めにならなかったのかもしれませんね」
(確かに。その点、私は隣国の貴族だから国内の政治には無関係だわ)
もしかしてネロがビアンカを選んだのはそういった複雑な立場からなのかもしれないとぼんやり考えていると、サリアン夫人が沈んだ声を出した。
「幼い頃はとても仲のよかったお二人が今では公式の場でも顔を合わせる機会がほとんどない状態で……第一王子を推す派閥はあからさまにネロ様を排除しようと動いておりました。両陛下は公務に忙しく……そのため、ネロ様は城を離れこちらにお住まいなのです」
「そう、だったのですね……」
ネロはビアンカに自分の今の立場については何も語らなかった。
家族と不仲になり一人違う場所で暮らすしかなくなったネロ。
きっと悲しかったろうし苦しかっただろう。
(なんだかかわいそう)
ビアンカは前世の記憶を抱えてはいたが、家族にも恵まれ穏やかな暮らしをしてきた。
だがネロはその立場から孤独に陥っていたのだ。
(難しい立場にいたのね……ん?)
そこでビアンカはふとあることに気がつく。
(待って。もしネロ様が王太子になったら、私、王太子妃にされちゃうってこと!?)
さぁっと血の気が引くのを感じた。
王子の妻というだけでも荷が重いのに、王太子妃、いずれは王妃となるなんて受け入れられない。
ますますこの結婚のことが気が重くなっていく。
ずんと重くなっていく気持ちに引きずられうつむいていると、なぜかサリアン夫人が感極まったように声を上げた。
「ビアンカ様……ネロ様を案じてくださるのですね」
「えっ、あ?」
どうやら自分の未来に思いを馳せて暗くなっていたのを、ネロを案じているのだと勘違いされたらしい。
「なんとお優しい。ネロ様が溺愛されるのもわかりますわ。今日も本来であればご一緒される予定だったのに、無関係の議会に呼び出されて……本当ならもっと早くビアンカ様を皆さまに紹介したいと思っていらっしゃるのでしょうが、今の状況では安全とは言い難いですからね」
(え……)
「国内の貴族にはネロ様に自分の身内を嫁がせたいと考えるものもおりますからね」
(あ……)
本当に守ろうとしてくれていたのかとビアンカは目を見開く。
ネロの言葉と行動の意味が少しだけわかった気がして、心臓が少しだけきゅっとなった。
「どうぞネロ様を支えてさしあげてくださいね……!」
「は、はい」
サリアン夫人の勢いに気圧されたのもあったが、ビアンカはネロともっと話をしたいと考え頷いたのだった。




