幼馴染との合い言葉がエラーになりそうです、助けて
コンコンっとノックをする。
「合い言葉は?」
「金木犀」
「よし、入れ」
隣家の佑斗の部屋に入るには、いつも合い言葉が必要で、小学生になる少し前からかれこれ十年になる。
最初は、一人部屋をもらった佑斗がごっこ遊びで始めたことだった。
合い言葉に決まりはなくて、その日の気分で言葉を選ぶ。ワンタイムパスみたいだけど、その日に見たもの、発売日のマンガや晩のメニューとかを応えている。
今日の帰り道に見た良い香りの金木犀の話を、佑斗は嫌な顔もせずに聞いてくれる。この穏やかな顔が大好きだ。
一番近いからという理由で佑斗が進学した高校は、私には難しくて、同じ制服は着れなかったから、毎日のように訪れてしまう。
「合い言葉は?」
「オムライス」
部屋に入ってから、伝える。
「今日はおばさんが町内会の旅行で、おじさんは出張だから、私の手料理だよ」
「実優のごはん? つかどうやって家に入ったの?」
「ふっふっふ。なんと合鍵をもらったのです」
「はぁ!?」
椅子から転げそうに驚く佑斗に、作ってくるねと伝えてキッチンへ向かった。
勝手知ったるなんとやらで、フライパンの場所も調味料の場所も知っているのだ。おばさんに教えてもらったように、炊飯器でチキンライスを炊く。
佑斗は高校生になってから、背もぐんと伸びて格好良くなった。彼女が出来たからもう来るなって、いつ言われるかと思うと気が気でない。
一階に降りてきた佑斗が、聞いてきた。
「実優、中間のテスト勉強は大丈夫なのか?」
「数学と英語が自信ない」
「リビングでなら、あとで教えてやる。もうお前、部屋に来んな」
「どう……して…………?」
卵の入ったボウルを持った手が止まり、涙が溢れてくる。もう、駄目なのかな?
「泣くことなのかよ」
バツが悪そうに言った佑斗の顔は、少し赤いような気がした。
「実優のオムライス、早く食わして」
炊けたチキンライスに、オムレツを乗せようとしたら、少し不格好に破けてしまった。ヤケクソでケチャップでハートマークを描く。
「合い言葉を教えて」
オムライスをダイニングテーブルに置くと、一瞬目を見張った佑斗が破顔した。
綺麗に手を合わせた佑斗が、思案するようにしながら、言葉を紡いだ。
「俺も好きだよ」
涙腺が再度決壊した私に「また、泣くのかよ」と言いながら、オムライスを食べる佑斗は、照れ臭そうだった。
「けじめな、今日は早く帰れ。うまかった」
泣きながら、私は明日からの合い言葉をまた考える。
お読みいただきありがとうございます。
オープンチャットでは風花と名乗っています。
癖を詰め込んだ短編なので、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。




