第6話 交差する痕跡
台北市、政府庁舎裏の一室。薄暗い書斎の中、宗憲は古びたレコーダーを前に腰を下ろしていた。目の前には父、劉 明哲の名前が刻まれた磁気テープ。記録は一度も再生されていないようだった。
小さなクリック音。再生ボタンを押すと、低く掠れた父の声が流れ出す。
「……これが聞かれているということは、私はもうこの世にはいないのだろう」
宗憲の喉が詰まり、耳を澄ませる。
「台北の中心、旧日式神社跡に、真実を封じた記録がある。目には映らぬが、基礎構造に細工を施した。今では“ホテル 華苑(Huáyuàn)”として偽装されているが、地下には記録の断片を残した」
宗憲は身を乗り出す。
「もし、台湾が選ぶ道に再び暗い影が差すならば、君がそれを正せ──」
録音は突然、無音になった。
その沈黙の中で、宗憲の背筋を冷たい汗が伝っていた。父が残した“封じた記録”。それは単なる遺産ではない──今も続く戦いへの道標だ。
◆
その頃、林 海翔は、前回の襲撃未遂以降、KW信号の出どころを追っていた。アナログな傍受機を用い、台北郊外の廃業倉庫へ足を運んでいた。
だが、信号は不規則に転送されており、発信元を偽装している痕跡があった。
「これは……」
林は指でダイヤルを調整しながら呟いた。
「台湾軍の旧型暗号プロトコル……?」
聞き慣れたリズム。自衛通信の範疇を越えた、高度にカモフラージュされた通信記録。
つまり──敵は内部にもいる。
◆
台北市郊外、高 慧真のアナライジング・ルーム。彼女は宗憲から送られた音声記録を分析していた。
「“地下”という言葉……そして“偽装された構造”」
PC上には、ホテル華苑の地形図と、かつての神社構造が重ねられていた。
「一致している。しかも──地下通気孔がこの位置に……」
画面に赤く点滅する区画。まさに、“何か”が隠されている証拠だった。
◆
その夜、上海。
台湾籍の協力者──高 天澤は、人民解放軍が暗号通信を解析し始めたとの情報を秘密回線で宗憲に伝えていた。
「……君の周囲にも、既に“影子”が入り込んでいる可能性が高い。くれぐれも慎重に」
その声は、割れた雑音の中でもなお、異様に冷静だった。
◆
宗憲と林は、ホテル華苑へ向かう準備を進めていた。
林はバッグに懐中電灯とUSB暗号解読器を忍ばせると、宗憲に言った。
「俺たちは、父上の過去だけでなく──今の台湾そのものを掘り返すことになるかもしれませんよ」
宗憲は深く頷いた。
「それでも、進むしかない」
ホテルの外観は、どこにでもある高級ビジネスホテルに見えた。だが慧真の言う通り、地下には“誰にも知られていない空間”が眠っている。
その扉が、今──音もなく開かれようとしていた。