第4話 見えざる共犯者
203X年7月7日 午後3時12分 台北市中心部
薄曇りの午後、林海翔は、宗憲と交わした情報を手に、台北の旧市街地に佇んでいた。そこには、今や外観だけをモダンに改装された三ツ星ホテル「櫻雅ホテル」が建っていた。しかし、この土地はかつて日本統治時代、神社が建っていた場所として記録されていた。
「確かに鐘の音が似ている…」
ホテルの中庭には、小さな石灯籠と水琴窟が設けられており、風に揺れる竹林の隙間から、わずかに鐘のような反響音が耳に届く。
彼は耳元の通信機を指でトントンと叩いた。
「宗憲、ここは怪しい。周囲を見張っている人物がいる可能性がある。慎重に進む。」
一方その頃、外交部地下の執務室。劉宗憲は端末に向かい、削除されたはずの父・劉 明哲の記録データの復旧作業を続けていた。
【KW-47:接続不可|復元不能|認証エラー】
「KW…まただ。」
まるで何者かが意図的に記録を封じたかのように、ファイルは閲覧不能。にもかかわらず、メタデータには微かな痕跡が残されていた。
それは「203X年4月1日、港区会合」とだけ記されていた。だが、その日、宗憲は父と最後に連絡を取った日でもあった。
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午後4時47分 上海
宗憲の暗号通信端末に「張 伯安」から非公式メッセージが届いた。
【中南海、動いた。K・Wに注意しろ。通信記録を残すな】
短く、だが鋭く核心を突く一文だった。
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午後5時26分 櫻雅ホテル 中庭奥の旧神殿跡地下
林は宿泊客用ではない扉を押し開け、地下へと足を進めていた。
「これは…神社の地下室跡か?」
古びたコンクリートの壁に、かすかに浮かぶかつての祭壇跡。金属片のような記録媒体が、石の割れ目に差し込まれているのを見つけた。
彼は慎重に手袋をはめ、それを取り出そうとした瞬間——
後方で、誰かが床を踏み鳴らす音。
振り返る。影。
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瞬間、林は身をかがめた。閃光弾のような音と共に、耳をつんざく衝撃音が天井に跳ね返る。
「誰だ!」
声はない。ただ、黒いフードをかぶった人影が、無言で近づいてきた。
林は腰のホルスターから電磁スタンを抜き、応戦体勢を取る。
だが攻撃は来なかった。人影は一歩手前で立ち止まり、低くつぶやいた。
「“火種”は既に撒かれた。君たちは遅すぎたんだ、林 海翔。」
次の瞬間、照明が一瞬落ち、停電のような闇が走る。
明かりが戻った時には、そこには誰の姿もなかった。
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午後6時02分 外交部 地下執務室
宗憲の端末に、林からの断続的な映像が届く。彼の顔には汗と小さな傷跡。
「宗憲…情報は確かにここにあった。だが誰かが…もう動いてる。」
その言葉の最後に、林はふと天井を見上げ、カメラを切る前に言った。
「これは偶然じゃない。」
画面がブラックアウトする。
静寂の中、宗憲はただ一人、父の記録のファイル名「KW-47」を見つめていた。