表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/23

第3話 記録されなかった通話(未被記錄的通話)

203×年7月8日

午前3時過ぎ。外交部地下2階、通信管理室の奥にある無人のサーバールーム。

海翔リン・ハイシャンは椅子を引き寄せ、ログの解析を進めていた。部屋の蛍光灯は半分ほどしか点いておらず、彼の顔を淡く照らしているだけだった。空調の低く唸る音が、眠気を誘うほどに一定のリズムを刻んでいる。


だが彼の目は冴えていた。


「……やっぱり、おかしい」

林は低く呟いた。


不審な通信ログは、203×年6月9日の深夜に記録されていた。

“発信元不明”。送信者には「K・W」というタグが付いていたが、それが正式なコードか、あるいは偽装されたものかの判断はつかない。


送信内容は暗号化されており、政府標準の復号ソフトでは読み取れなかった。林は自身の携帯端末から、かつて在学中に組んだ自作の復号プログラムを立ち上げる。


「K・W、君は何者だ……?」


その時、背後の自動ドアが静かに開いた。


「こんな時間に作業とは、熱心だな」


宗憲リュウ・ソウケンの声だった。コーヒーを手にしながら、彼は静かに近づいてきた。


「その顔……何か掴んだな?」

「もしかすると、です」

林は画面を指差した。


「このログ……発信は内部IPから。ですが、外部VPNを使って台湾外と接続されています。しかも通信記録が抹消されかけてました」


「つまり、政府の内部から、外部へ。しかもそれを誰かが消そうとした?」

「はい」


宗憲は静かに眉をひそめた。

彼の脳裏に、父・劉 明哲リュウ・メイテツの顔が浮かんだ。


──政府の中に、誰かがいる。奴らはずっと潜っているんだ。


生前、父が口にしていたその言葉の重みが、今さらながらに圧し掛かってきた。


林はさらに別のファイルを開いた。そこには、音声ファイルが1件、残されていた。


「ログは消されかけてましたが、こいつだけは復元できました。聞きますか?」


宗憲は頷いた。

再生ボタンを押すと、ノイズ混じりの男性の声が流れる。


『……火種は台北に撒かれた……再起動の刻は間近だ……』


その声に続いて、微かに鐘の音が鳴った。

どこかで聞き覚えのある、乾いた音。古い寺院か、あるいは……。


宗憲の表情が強張った。


「この音……」


林が宗憲の変化に気づいた。

「知ってますか?


「いや……いや、思い出せない。けど、何か大事なことが隠れてる気がする」


彼らの背後では、サーバーのファンが機械的に回転し続けていた。



翌朝、宗憲は総統府の地下にある特別会議室へ向かった。

呼び出したのは、副秘書長の許 曉蕾シュイ・シャオレイだった。


「どうぞ、お座りください」


許は穏やかに笑みを浮かべたが、その瞳は鋭い。


「今、あなたの動きは誰かに監視されています」


「……誰に?」


「まだ分かりません。ですが、ここに来る際、尾行の痕跡がありました。おそらく政府内部の者です」


宗憲は黙ってうなずいた。


「あなたの父、劉 明哲氏は、亡くなる直前まで、内部の不正を追っていました。彼の手帳がまだ残っていて……」


許は、薄いノートを彼に差し出す。

中には、手書きのメモや不完全な図、日付の羅列があった。


「……“鐘の下に鍵”、これは?」


「わたしにも分かりません。ただ、音と場所に関係しているようです」


宗憲の胸に、音声ファイルの鐘の音が蘇る。



その夜、林と共に二人は台北市内の旧市街を歩いていた。

忠孝東路の裏通りにある古い建物の前で足を止めた。


「……ここ、何かおかしい」


「空間認識が合わない。図面と照らしても、ここの構造、明らかに変だ」


林が建物の外壁を指さした。

装飾タイルの一部が微妙に歪んでいる。


「偽装された改修跡です。外部からは分からないようにしてある。おそらくこの中に何かが」


二人はその場を離れ、近くのカフェに入った。

林は低く呟いた。


「“火種”は撒かれている。でも、それが何かはまだ分からない」


宗憲は、ふとノートを見つめた。

そこには、父の文字でこう書かれていた。


──影子シャドウは、形を持たない。だが記録の中に痕跡を残す。


「これは偶然じゃない」

林が言った。

その言葉に、宗憲はただ頷いた。


夜の台北は、静かに不穏な息を潜めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ