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第20話「交差する決断と、残された境界」

台北の夜は、異様な静けさに包まれていた。


普段ならば灯りが瞬く街路も、この日ばかりは妙に陰を落としている。記者や民衆のざわめきは、遠くから響く鈍い太鼓の音のように、一定のリズムで心臓を締め付けてくる。


午前3時。

外交部の地下特別室では、最後の調整会議が行われていた。


「……これで、中国側との文言も、すべて折り合いがついた。準備は完了だ」


白髪交じりの副部長が、静かに書類を机に置く。

だが、その場にいる誰もが、その書類の“意味”を真正面から見据えようとしなかった。


それは台湾が、ついに正式に“国家”としての独立を宣言し、同時に中国と限定的な国交を結ぶという、歴史上かつてない一線を越えることを意味していた。


「この選択が、我々の未来を変えることになる……その覚悟は、あるか?」


その問いに、劉宗憲リウ・ゾンシェンは何も答えなかった。

代わりに彼の視線は、テーブルに置かれた一枚の写真に落ちた。


――父・劉 明哲リウ・ミンジョー


彼が命を落とす直前まで関わっていた「島嶼協定」の草案。

今、目の前にある協定文書は、その最終稿とも言える代物だった。


「……俺たちは、まだ“すべて”を知らされていない気がする」


沈黙を破ったのは林 海翔リン・ハイシャンだった。

相棒として共に動いてきた彼の声には、かすかな震えがあった。


「お前の言う“すべて”とは?」

宗憲が問い返す。


「この国のどこかに、まだ手つかずの“真実”がある。いや、ずっと見せられていなかった記録……第零資料庫でも映像の一部が欠けていた。それに、あの音。あの鐘の音が、何かを遮ってるんじゃないかって……」


言いかけて、彼は唇を噛んだ。


そこに、蕭語恩シャオ・ユーエンが入ってきた。


「二人とも、今すぐ中庭へ。会いたがってる人がいる」


その目はどこか怯えているようで、それでいて確信に満ちていた。


* * *


中庭に現れた人物――それは、**元・国家安全局の局員で、消息を絶っていた蔡 士傑ツァイ・シージエ**だった。


「……久しいな、劉宗憲。君の父には、借りがある」


彼はそう言うと、懐から一枚の“暗号化された古い地図”を取り出した。


「“鍵”はすでに、阿里山にはない。いや、最初から“台北”にあった。しかも……その場所は、今まさにお前たちが記者会見を開こうとしている“外交部庁舎”の地下深くにある」


林が息を呑んだ。


「つまり……俺たちは、ずっとその上に立ってたってことか?」


「そういうことだ。だが、その真実を開けるには“代償”が要る」


「代償?」


蔡は一瞬、目を閉じた。


「この国が“独立”を得るために、何を引き換えに差し出したのか――それが、記録されている。“あの協定”の裏面に記された秘密だ」


宗憲は、背筋に冷たい汗が走るのを感じた。


それはまさに、父が命をかけて守ろうとした“未来”そのものだった。


* * *


午前7時30分。


会見場の準備が整う中、宗憲たちは地下通路を通って“指定された通信室”へと移動していた。


その途中、林は無言で立ち止まる。

廊下の片隅に、妙に新しい床材が張られていた。


「ここ……だけ、何か違う」


彼が手で軽く叩くと、鈍い音が返ってきた。


「空洞だ……!」


すぐに工具が用意され、床が開けられた。


そこには、**時代の痕跡が封印されたような“録音室”と記録端末”**が残されていた。


「これが……第零資料庫の“原点”……?」


宗憲が端末に手を触れた瞬間、天井のスピーカーから“鐘の音”が鳴った。


だが今度は――音は途中で消え、誰かの声が割り込んできた。


『……これを見ているということは、おそらく君は、劉 明哲の意志を継ぐ者だ。』


林と蕭が顔を見合わせる。


『未来とは、決断の連なりである。どれが正解かは、歴史が決めることだ。だが――“誰が決めたか”だけは、決して曖昧にしてはならない』


声の主は、確かに宗憲の父だった。


「……父さん……」


彼の拳が、震えていた。


* * *


午前7時55分。

会見場では、報道陣と各国代表が着席を終えていた。


「宗憲さん、もう時間です」


隣に立つ林の声に、宗憲は小さく頷く。


壇上に登壇し、マイクの前に立った彼の胸には、今も父の言葉が残っている。


「……本日、台湾は中華民国としての立場から一線を画し、“台湾共和国”として、独立を宣言します」


その瞬間、フラッシュが走る。

海外メディアも、隣国の代表も、無言でその言葉を受け止めていた。


「また……中華人民共和国とは、限定的な国交を再構築し、互いの存在を認め合う方向で……協定を締結することとなりました」


――その時だった。


一つの警告灯が、地下の通信端末に点滅を始めた。


【未承認アクセス検出:座標—庁舎南棟地下2階】


林が即座に反応し、無線を取る。


「警備班、南棟地下へ急行!不審人物が――」


だが、返答はなかった。


その頃、画面の奥では“誰か”が、未公開の記録映像をゆっくりと再生していた。


――画面の中、血に濡れた協定書と、倒れ込んだ“白髪の男”の姿。


画面越しに笑う、黒い影の人物。


『さあ、ようやく“決断”の意味が分かったか?』


宗憲は、背後で感じた気配に、そっと手を伸ばす。


会見の熱狂の裏で、もう一つの境界線が、静かに動き出していた――。


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