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第19話「記録なき遺構」

203×年7月13日、午後1時――。


台北市中山区の一角にある古びたホテル。その外観は再塗装されており、観光客向けのブティックホテルと見紛う清潔感があるが、建物裏手にはかつて神社があった名残として、苔むした石灯籠と崩れかけた石段が辛うじて残されていた。


「ここが父さんの記録を残した場所……」


劉宗憲リウ・ゾンシエンは、手に握った古い地図のコピーを見つめながら呟いた。林海翔リン・ハイシャン蕭語恩シャオ・ユーエンも背後で黙って頷いていた。


この地図は、劉の父・劉明哲リウ・ミンジョーが生前、政府保管庫の外に残した“非公式な記録”。その末尾には、手書きで《鐘の音が三度鳴る場所に記録は眠る》とだけ書かれていた。


蕭は石段を見つめながら、周囲に人影がないことを確認すると、小声で言った。


「この建物の下に、かつての神社の基礎がそのまま埋まっている可能性がある。戦後、都市再開発で地図からは抹消されたの。でも音響解析で……地下に反響する空洞があるって、分かったの。」


林は携帯端末を操作し、ホテルの構造図を表示した。「ここ、地下1階の倉庫から不自然に伸びてる空間がある。なぜかデータベースから消されてる。これは……何かある。」


宗憲は頷き、三人は準備を整えてホテル内部へと入った。



午後1時30分、ホテル地下倉庫。


倉庫には古い什器が無造作に積まれており、その奥には壁一面に古びた木の扉があった。林が慎重に扉を押すと、重々しい軋みとともに、冷たい空気が吹き抜ける。


「……この空気、地下深くにつながってるな。」


中へ足を踏み入れると、そこはかつての神社の基礎を思わせる石造りの通路。ところどころに土砂が流れ込み、明かりも届かない。LEDライトを頼りに、三人は慎重に進んだ。


通路の突き当たりに、小さな祭壇のような石台があり、その奥に金属製のボックスが埋め込まれていた。林が慎重に開けると、中には一台の古いデータ記録装置が眠っていた。


「これが……“第零資料庫”の一部か?」


宗憲が手を伸ばしかけた瞬間、彼の耳に奇妙な“音”が入り込んだ。


──カァァァン……カァァァン……カァァァン……


3回。空気を震わせる、澄んだ鐘の音。明らかにこの空間の外からではない、内部から鳴り響いたそれに、全員の動きが止まった。


「……聞こえたか?」林が低く問いかける。


「……ああ。だが、誰も鐘を鳴らしてはいない。」


その瞬間、記録装置が自動で起動し、プロジェクターのように壁面へホログラム映像を投影し始めた。映し出されたのは、数年前に撮影されたと思われる会議映像。そしてその中央には、若き日の劉明哲がいた。


「この国家の未来を託す記録だ。もし私に何かあったら、これを“あの場所”へ。」


その直後、映像が歪んだ。


──ザザッ……ザザザザ……


「何かが干渉してる……!」蕭が端末を操作しても、通信機器はすべてノイズを発して沈黙した。映像の中の人物の口が動くが、音声が出ない。


「……おかしい。音声データが削除されてる?」林が呟く。


しかし、次の瞬間。


「私は……確かに“何か”を聞いた。」


林が言った。だが、録音データには何も残っていない。彼の端末も、宗憲の機材も、“音”を記録していなかった。


「……記録なき、声?」


蕭は顔をしかめた。「そんなこと、物理的にありえない……。でも、これは意図的に……」


その時、突如、蕭が膝をついた。


「くっ……誰か……、中から……私の意識を……」


彼女の身体がぐらりと崩れ落ちた。宗憲が駆け寄り抱き起こすと、彼女の眼は虚ろで、涙のような汗が頬を伝っていた。


「……大丈夫だ。蕭、しっかりしろ!」


林が懐から注射器のような応急処置キットを取り出し、彼女に施す。数分後、蕭はゆっくりと意識を取り戻したが、言葉を失っていた。


「“それ”は……声じゃなかった。映像でも……ない。でも……伝わってきた。“意志”みたいな……記憶そのものが、私の中に入ってきたような感覚……。」


宗憲は何かを直感で感じ取った。“第零資料庫”が伝えようとしているものは、単なる記録ではない。過去の誰かの“意思”なのだ。そしてそれは、音や映像を超えて、直接、精神へと流れ込んでくる。


そのとき、林の端末が微かに震えた。画面には【記録データ閲覧ログ】という不審な通知。そして末尾に残されたユーザー名は、こう記されていた。


──「NO-VR-113」


「……これ、誰かが遠隔で……この記録にアクセスしてる。」


宗憲の背筋に冷たいものが走った。“影子”の誰かが、いや、それ以外の“誰か”が、ここを監視している。いや、すでに記録の一部を“消した”存在がいる。


「今すぐ、外に出よう。これは……長く居るべき場所じゃない。」


三人は重い空気を背に、再び地上へと戻る道をたどった。

彼らの背後で、鐘の音は……もう鳴らなかった。


だが、夜の暗がりのどこかで、別の“目”が静かにこちらを見つめていた。


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