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第16話 動く輪郭と、揺らぐ民意

雨上がりの台北の街に、不穏な気配が満ちていた。


「爆発現場から出てきた黒服の男は誰か」「外交部内での通信障害の裏に隠された国家機密」「地下にあったという“第零資料庫”とは何か」――深夜0時、SNSのトレンドにはそうした文言が並び、デマと事実が入り混じる情報が怒涛のように拡散されていた。


画面の中、断片的に切り取られた映像には爆発の閃光、煙の中から走り出る影、監視カメラ映像を改ざんしたかのような静止画。中には明らかに合成されたものも含まれていたが、もはや真偽を見極める者は少なかった。


「政府が何かを隠している」という印象だけが、確実に民意の奥底に沈殿し始めていた。


 


***


 


コンビニのカウンターでコーヒーを買っていた女性が、突如立ち止まった。レジ横のテレビから流れてきた速報に、客の会話が止まる。


《外交部前での爆発に関して、政府からの正式なコメントはいまだ発表されていません――》


「また沈黙かよ……」


若者の呟きがレジ内の店員に届く。「知ってる? 台北の地下に“封印された過去”があるって話。昨日SNSで見たんだけど……」


話題はすぐに店内に広がり、テーブル席にいた学生たちも食いついた。「前の“阿里山の神社”の陰謀論と関係あるんじゃない?」


信じようと信じまいと、疑念の火は静かに、しかし確実に燃え広がっていた。


 


***


 


「また、偽装情報か。」


影子シャドウ幹部の白燕(バイ・イェン/バイエン)は、中南海の作戦室で静かに唇を歪めた。


彼の前に並ぶ部下たちは無言のまま、壁一面に投影された台湾のSNS分析マップを見つめている。赤く染まるエリアは、政府への信頼が急速に低下している地域――そしてそれは台北、台中、高雄へと連鎖反応のように広がっていた。


東嶺ドン・リンの暴走が影響を及ぼしすぎている。あの男の行動は、もはや我々の枠を逸脱している。」


一人の補佐官が進言する。「対応を?」


白燕は静かに首を振る。


「……まだだ。“民意”が揺らいでいく過程を観察する。真実より、感情の方が国家を動かす。」


 


***


 


外交部の地下、簡易設置された作戦会議室。警備が強化された室内には、公安部の中心メンバーたちが集っていた。


蕭語恩(シャオ・ユーエン/シャオユエン)はY04文書の一部を手に取り、額に手を当てた。


「未来の出来事が“記されている”というより、“仕組まれている”ように見える。まるで、計画された運命みたいだわ……。」


林 海翔(リン・ハイシャン/リン)は腕を組んだまま、資料には目を通さない。


宗憲ゾンシエンは、それを暴こうとしている。それだけは信じてる。」


「……けど、公安本部の上層はもう彼の排除に傾いてるわ。」


「上層は見誤ってる。」


林は目を伏せた。「やつが追っているのは父親の死の真相じゃない。“次に何が起きるか”だ。」


 


***


 


台北郊外、廃教会跡の地下室。劉 宗憲(リウ・ゾンシエン/リュウ)は背を壁に預けて、呼吸を整えていた。


林が戻ってくるまでの間、彼は父・劉 明哲リウ・ミンジャーの声を思い出していた。過去の記録にあった声ではない。記憶にこびりついた、あの夜のささやき――


「お前が見つけたなら、それは“誰か”の未来を変える鍵だ。」


「父さん、俺はまだ見つけきれてない。」


自嘲気味に呟いたとき、スマホが震えた。


【記録に残らない通信:火種は明日の夜、形を取る。選ばなければ、焼かれる。】


「……選べ、ってか。」


 


***


 


その頃、外交部の封鎖区域外で蕭語恩と公安副長官が秘密裏に会話していた。


「通信記録の断片からわかった。宗憲の父は、“記録を封じた”だけじゃない。特定の誰かに“開けさせる”仕掛けを作っていた形跡がある。」


「誰だ?」


「……わからない。ただ、一人の外交部幹部が、当時の記録資料に頻繁にアクセスしていた履歴が残っている。“午前3時、台北101前”という交換記録も。」


副長官の眉がわずかに動いた。


「まさか、“もう一人の裏切り者”が……。」


 


***


 


仮面の男――コードネーム「東嶺ドン・リン」は、ビルの屋上で月を見ていた。


その背後、若い部下が声をかける。


「白燕様から連絡が。行動の再調整を要請しています。」


「……興味ない。」


「なぜ、あの男――宗憲を生かしているのです?」


「まだ、“見極めている”だけだ。」


東嶺はマスクの奥で冷たく笑った。「彼が“鍵”かどうかは、あと一手でわかる。」


 


***


 


宗憲は、林とともに廃教会を出た。次の行き先は決まっていた。


「台北101。午前3時。何かがある。」


「俺たちの動きを追ってる奴もいる。そこに来るのは“敵”か、それとも……。」


宗憲はわずかに口元を引き締めた。


「どちらでもいい。今は、“未来を選ぶ”しかない。」


 


その時、再びスマホが震えた。


【記録に残らない通信:君はまだ、“全ての記録”を見ていない。】


宗憲は目を細め、夜の都市を見つめた。


静かな風が、火種を孕んだ空気を揺らしていた。


――次の夜、選択の刻が来る。

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