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ずっとここにいてよ。

 

 恵まれている。


 優しい両親がいて。

 仲の良い兄妹がいて。

 気の許せる友人がいて。

 忠義に篤い使用人がいて。


 欲しい物も必要な知識も、口にすれば大抵与えられた。


 けれど。


『測定の結果、信じられない程膨大な魔力量が……』


 齢九になった日、国の決まりに従い行った魔力測定で出た結果は所謂“規格外”。

 魔力の使い方すらまだ知らない幼子がそんな魔力量を保有しているなんて、いつ暴発するかも分からない不発弾が闊歩しているようなものだ。


『暴走すればどうなるか分かりません。コントロールできるようになるまでは、魔術を遮断する部屋で他の皆様とは距離をおいてお過ごしになっていただくより他はないかと』

『そんな……! この子はまだ九つになったばかりなのですよ!?』


 国を治める身である父様と母様も、その子である兄様達も妹も、何かあれば国の一大事になる。

 僕はこの国の王子だから。父様と母様の子どもとして、兄様達の弟として、まだ小さな妹の兄として。


『母様、僕なら大丈夫だよ』


 寂しいなんて、言うわけにはいかなかった。



 それから僕が過ごすことになる部屋は、ひどく殺風景な部屋だった。

 真っ白な壁に、天蓋付きの比較的簡素なベッド。物が少ないのは、きっと僕が魔力を暴走させたときに怪我をする可能性を少しでも低くするためなのだろう。


 壁の上の方にある人一人も通ることのできず開けることもできない窓は、外の明るさを通してはくれても温もりは通してくれなくて。


 家族と話すときは扉越しに。

 外に出るときは宮廷魔術師と共に。


 それでも不自由は無い。


 優しい両親がいて。

 仲の良い兄妹がいて。

 気の許せる友人がいて。

 忠義に篤い使用人がいて。


 欲しい物も必要な知識も、口にすれば大抵が与えられる。


 この状況だって、僕が魔力を問題無くコントロールできるようになるまでの我慢だ。



 恵まれている。

 きっと十分すぎるほどに、僕は恵まれている。



 ……けれど。


 自分以外の温もりのないシーツが、土や草の香りを知らないかような靴が、誰との記憶も刻まれていない部屋が、夜になると僕に孤独を語るから。

 だから感じる寒さが寂寥のせいか冷えた涙のせいかも分からないまま、僕は毎晩、布団にくるまって孤独から身を隠した。


 そんな日常が半年ほど続いた、ある日のことだ。



『ねぇ、きみ』



 ──お姉さんが、僕の前に現れた。



 お姉さんは普通の人間のような見た目をしているから最初はとても驚いたけど、『妖精だ』と名乗られたことで納得も安心もした。

 “魔術”を完全に遮断するこの部屋に侵入するなんてそれこそ“魔術”ではなく“魔法”を使う妖精くらいでしかあり得ないし、お姉さんが妖精だと言うのなら納得だ。


 お姉さんは僕を王子としてでもなく、膨大な魔力を持つ不発弾としてでもなく、ただの子どもとして扱った。


 当然といえばそうなのかもしれない。

 妖精にとっては王子だろうがただの人間に過ぎなくて、膨大な魔力を持っていようが、魔法の真似事に過ぎない魔術しか使えない人間など、不発弾どころか線香花火程度の物にすら感じないのだろうから。


 それでも僕は、その当然に。ただの子どもとして僕を抱きしめるお姉さんのあたたかさに、確かに救われたのだ。



 お姉さんは、それから時々僕の部屋に現れた。


 短くて一ヶ月、長くて二ヶ月に一度程度。お姉さんにとっては毎日現れているつもりらしいので、やはり人間と妖精では時間の感覚が異なるのだろうか。


 お姉さんは決まっていつも僕を優しく抱きしめて、撫でて、部屋に満ちた孤独などはじめから無かったかのように寂しさを攫っていく。


 お姉さんと話すのが好きだ。

 お姉さんに撫でられるのが好きだ。

 お姉さんに抱きしめられるのが好きだ。


「お姉さんは……」


 本当は、他の日は僕じゃない子のところにいるの?

 寂しそうなら誰にでもこうやって優しくするの?

 ……僕以外のことも、こうやって抱きしめるの?


「ん?」

「……ううん、なんでもない」


 お姉さんは少しだけ不思議そうな顔をしたけれど、「そっか」と言ってまた僕の頭を撫でた。


「ねぇ、お姉さん」

「なぁに?」

「……ずっと、ここにいてよ」


 言いながら、お姉さんの服をぎゅっと握る。


「……難しいこと言うなぁ」

「難しいの?」

「難しいよ。だってほら、お姉さんって妖精さんだから」


 人間にしか見えない姿でどうしようもない差異を突きつけるお姉さんは、自分がどれだけ残酷なことを言っているのか気付いているのだろうか。


「……うん、そうだね」


 じゃあ人間になってよ。

 なんて、言ってしまえればよかったのに。


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