よるのこわさをしっているの。
『眠たい』のだろうな、とは思う。
重たい体。上手く回らない頭。
意思や欲求すら疲弊し睡眠を求めているのだろうに、ただ覚醒したままの孤独と惰性が私に睡眠を許してくれない。
SNSはいつか見たような話題で新鮮に盛り上がっていて、私はそれをいつかと同じように無気力に眺めている。
……ふと、スマートフォンの画面の上部を見やった。
どうやらもうじき4時を回るらしい。
私はアラームがたしかにセットされていることを確認してから、そっとスマートフォンをヘッドボードに置いた。
……目を瞑る。
しかし意識を落とさなければという無意識の焦りが秒針の音となって耳に響くのが不快で。
かと言ってゆるくまぶたを開いてみても電気一つついていないはずの部屋が異様に眩しく感じて、やはり今日も睡眠までには時間がかかりそうだと一つため息をついた。
それから私はもう一度まぶたを閉じると、布団の中に潜り込む。
かしましく感じる室内の暗闇も、こうしてしまえば多少の息苦しさを代償に沈黙してくれるから。
何も考えないように。
何も気にしないように。
目を瞑ったまま。
息を吸う。息を吐く。
ただそれだけを意識して、どれほどの時が経ったのか。
──声が、聞こえた。
幼い子どものすすり泣くような、ひどく寂しい声が。
本来であれば恐ろしくすら感じかねないその声が、けれど余りにも悲しげで、恐怖など忘れたかのように私がまぶたを開くと、そこは天蓋つきのベッドの置いた見知らぬ部屋で。
なるほどこれが明晰夢かなんてぼんやりと思考するが、しかし頭から離れないのは先程の声だ。
あの声は一体どこから、なんて考えていると、再びあの声が聞こえた。
「っう、ひぐっ、うぅぅ〜……」
……どうやら、声はあのベッドの中から聞こえてきていたようだ。
私はそっとベッドに近付くと、少し小さめの声でベッドの中の誰かへと声をかけた。
「ねぇ、きみ」
「っ!?」
と、声の主──どうやら少年だったらしい──は、ひどく驚いた様子で起き上がり私の方を見た。と言っても、この暗さではそうしっかりと顔が見える訳ではないのだが。
「だ、誰!?」
誰、と言われてもなぁ。
夢の中の住人に己のことを説明するときの正答を私は知らない。
だから私は深く考えないまま口を開いた。
「ん〜……この家の妖精さん、とか?」
「妖精……?」
「うん。君があんまりにも泣くから、気になって出てきちゃった」
「え、あ、えと……ご、ごめんなさい……?」
「謝らなくていいよ」
うーんなんと素直なことか。
見た感じ小学一年生かそこらの年齢だろうが、それにしたってこんな説明を簡単に信じてしまうあたり、やはりここは夢なのだろう。この状況でも不審者扱いでノータイムギャン泣きされないなんて、あまりにも私に都合が良すぎる。
「ねぇ、なんで泣いてたの?」
そう問いかけると少年はわずかにうつむいて、暫く黙り込んで、それからようやく、小さな小さな声で、呟いた。
「──さびしい」
……ああ、そうか。
だからこの子の泣く声は、こんなにも気になったのかもしれない。
「お姉さんとおそろいだね」
「……おそろい?」
「うん。お姉さんもね、よく寂しくなるから」
「おとななのに?」
「中途半端に大人だから、かも」
そう告げると少年は「へんなの」と言いながら、私と顔を合わせてから初めて笑った。
「……ねぇ、お姉さんのお願いを聞いてくれないかな」
「……なぁに?」
「お姉さん一人だと寂しくて眠れそうにないからさ、一緒に寝てくれる?」
そんな『お願い』をしたのは、純粋な同情からだ。
だって可哀想じゃないか。
こんなにも幼い子どもが、あの喧しい静寂に、あの長い長い夜に苦しんで、泣いているのに。
無駄に回りくどい言い方でしか伝えられなくなってしまった私と違って、この子はハッキリと「さびしい」と訴えてきているのに。
私は夜の孤独の怖ろしさを嫌というほどに理解しているのに。
なのに何もしないなんて、それは、あまりにも。
と、少年は私の言葉に頷くと、ベッドの中へと私の手を引いて。
……涙が乾いてしまったのだろうか。
子どもにしては冷たすぎる手の温度が物悲しくて、私はベッドの中で少年を抱きしめた。
「お姉さん」
「んー?」
「……撫でて、ほしい」
「……うん、いいよ」
あいにく人を撫でる機会などそうあるわけでもないから、ぎこちなさは隠しきれなかったかもしれない。
けれど、ただ。この子の冷えきったてのひらが少しでもあたたまればいいと思いながら、私は少年の頭を撫で続けた。