One Hundred Forty
昼休み、教室の隅。少年は机に向かっていたが、無意識に目を閉じていた。何も言わず、何も聞かず、ただその場から逃げたい一心でいた。机の上には、以前よりもひどくなった落書きが目立っていた。
「死ね」「臭い」「キモい」
落書きの文字はますます無遠慮に、そして荒々しく増えていた。少年はそれをただ見つめ、何も言わずに手で擦りつけたが、インクが広がるだけだった。
「チー牛くん、やっほー!…ってうーわっ!机の上悪口書かれてんじゃん!誰にやられたんだろうね?」
クラスメイトのAが言った瞬間、周りにいた数人が一斉に笑い声を上げた。少年はうつむき、必死に目を閉じた。
その時、Bが机の上に乗せてあった少年のペンケースを手に取り、わざと床に叩きつけた。少年の中で、何かがかすかに反応した。
「やめて……。」
声が震えた。いつものように、誰も聞こうとはしない。少年はそのまま小さな声で続けた。
「お願い、やめて……。」
だがその声はかき消されるように、周囲から笑い声が響く。
Aがさらに少年に近づき、無理に振り向かせようとしたが、少年は逃げるように目を逸らした。
「お前、さっきから何言ってんの?聞こえないんだけど。」
Aが挑発的に言うと、周りはさらに興奮して声を上げる。
「お前Vチューバーなんか応援してるんだって?」
Bが言い、隣のCが大きな声で言った。
「お前が応援してるの、彼氏いるってバレたやつだろ?笑えるよな。」
その言葉が少年の心に突き刺さる。彼は目を閉じたまま、拳を握りしめた。
その後、周りの笑い声が続く中、少年はただ身動き一つせず、耐え続けるしかなかった。さらに、Aが腕を掴んで無理に顔を向けさせると、軽く頬を殴った。
「お前、マジで情けないな。」
その一撃に、少年は体が固まる。だが、何も言わず、ただその痛みに耐えていた。
放課後、少年が家に帰ると、母親が玄関で迎えてくれた。しかし、母親の目がすぐに彼の顔に止まる。
「顔……それ、どうしたの?」
母親は驚いた表情で近づき、少年の頬にできたあざを心配そうに触れた。少年はその手を無言で振り払うようにして、目を伏せた。
「大丈夫……」
そうだけ言うと、少年は無言のまま、自分の部屋に向かって歩き出す。
母親は何か言いたげにこちらを見ていたが、少年は振り向かず、ドアを閉めた。そのまま自室に戻ると、机に座り込み、スマホを手に取った。そして真っ先に青い鳥のアイコンをタップする。
少年は普段、クラスでは目立たない存在だったが、ツイッターではVチューバーファンとして名を馳せた。「モス太(@mosuta_game)」これが少年のアカウントだ。少年がこのアカウントを運営する目的はただ一つ、推しのVチューバーを応援することだ。
モス太がツイッターを開くと、すぐに自分の推しのVチューバーの新しい投稿が目に飛び込んできた。推しはまた元気に配信しているらしい。その笑顔に、モス太は思わず頬が緩む。
「彼氏がいても、君は君だよ。」
心の中でつぶやきながら、彼はリプ欄をスクロールする。そこにはたくさんの応援メッセージが並んでいたが、モス太の目に留まったのは、次々に送られる気持ちの悪いメッセージだった。
「最高!ほんとにかわいい!子作りしたいよ!」
「露出高すぎやろえっろww」
「もっとエッチな衣装着て欲しいな~笑」
それらのメッセージは、どれも心底嬉しそうに書かれてはいたが、モス太は嫌悪感を抱いていた。
「こいつらルシヤちゃんに対してなんてことを……。」
ルシヤは大人気のVチューバーで、ヤンデレというのが特徴だ。彼女はファンに対してとても愛情深くて、時々ちょっと依存的な一面を見せることもある。それがまたファンを引きつけて、彼女はVチューバーの中でも一番人気を誇ってる。モス太はそんな彼女の魅力にすっかり惹かれている。
モス太は無意識に眉をひそめた。やはりメッセージのレベルの低さに嫌悪感を抱く。しかし嫌悪感と同時に、自分より劣るファンたちの存在に対し、優越感を抱いていいた
「俺は純愛だからね、ルシヤちゃん……。」
彼はにちゃっと笑うと、再びスクロールを続けた。だが、その時、目に止まったのは一つの批判的なリプライだった。
「こんな露出の多い衣装、流石にありえない。女性に対する冒涜だ。日本の男ってどいつもこいつもキモイ。ヨーロッパならこんなことありえない。」
そのリプライのアカウント名は「まいか@女性の権利(@maika_rights)」だった。
まいかは、Vチューバーの衣装に対して批判的なコメントを送っていたが、モス太にはすぐにその人物がどういう立場の人間かがわかった。
「出たよフェミニスト女、ただの批判だろ。俺の推しを否定して何が楽しいんだ?」
モス太は手が震え、画面に向かって次々と文字を打ち込んだ。心の中で冷静さを欠いた怒りが沸騰し、指が止まらなかった。
「お前ら女って自分の体を売って金稼ぐ以外何もできないのに、何が露出が多いだよ。それで権利を語る資格があるとでも思ってんのか?ただの糞まんこのくせに、口だけはいっちょ前だよな。そのうるせえ口はフェラするためだけにあるんだから黙ってろよバカが。まあお前の口に関しては使いたくもないけどな」
投稿ボタンを押すと、モス太は画面を睨みつけながら息を荒げた
投稿を終えたモス太は、怒りが収まり、次第に落ち着きを取り戻していった。リプライを送ったことに少しだけ満足感を覚え、深いため息をつく。しばらくスマートフォンを眺めていたが、疲れがどっと押し寄せてきた。
「まあ、これでスッキリした…。」
モス太はベッドに横になり、布団にくるまると、すぐに意識が遠のいていった。頭の中には、今日の出来事や推しのルシヤの笑顔がちらつくが、気づけば眠りに落ちていた。