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第7話 限界かも

 結局、陽がかたむいてもヴァイオレットの恋人が姿を見せることはなかった。

 失意の中、屋敷に戻った。程なくして扉がノックされた。


「ヴァイオレット様。夕食の準備ができました」

「……今行くわ」


 重い足取りで食卓に(おもむ)くと、オリヴィアとサイラスが意地の悪い笑みを向けてきた。

 ルーシーは背を向けているため、表情は(うかが)い知れない。


 食事が始まると、案の定オリヴィアが話しかけてきた。勝ち誇ったような表情で、


「ヴァイオレット。ジョーンズ家の次男が待ち合わせ場所に来なかったそうね」

「……はい」


 事実なのでうなずくしかない。

 しかし、続く言葉はさすがに予想外だった。


「そうですか。ならば今すぐ関係を切りなさい」

「……はっ?」


 ヴァイオレットは思わずまじまじとオリヴィアの顔を見つめてしまった。

 義母は鼻を鳴らした。


「はっ? ではありません。別れろと言っているんです」

「……なぜでしょうか?」

「まさか、わからないのですか? 本当にお前は使えませんね」


 オリヴィアがせせら笑った。


「お前の無能さはすでに知れ渡っているとはいえ、仮にも伯爵家の長子が男爵家の次男に捨てられるなどあってはならないことであり、我が家の評判にも大きな傷がつきます。今すぐにお前から関係を解消しなさい」

「お言葉ですが、まだ捨てられたかどうかは決まっていません」

「はっ?」


 オリヴィアは信じられないとばかりに瞳を見開いた後、大袈裟にため息を吐いた。


「……まさか、そこまで愚かだとは思いませんでした。捨てられたかどうかは決まっていない? 確定してからでは遅いということもわからないのですか? それに、実情はどうであれそういう噂が広まるだけでも相応のダメージは被ります。お前は馬鹿なのですから黙って私の言うことに従っていれば良いのです」


 オリヴィアの言葉には、まるでヴァイオレットの意思など反映されていなかった。

 恋人の存在を心のよりどころにしてきたヴァイオレットからすれば、そんな横暴な指示を受け入れられるはずもなかった。


「……気に入りませんね、その目つき」


 オリヴィアが不機嫌そうに眉をひそめた。それから余裕そうに薄っすらと笑って、


「——本当にあの部屋に閉じ込められたいのですか?」

「っ……」


 ヴァイオレットは体を震わせた。


「ははっ、相変わらず口だけの弱虫だな! そんなんだから男爵家の次男などという、我々の足元にも及ばない低俗な存在にすら見限られるのだ!」


 サイラスがヴァイオレットを指差して愉快そうに笑った。オリヴィアも満足そうな表情を浮かべている。

 ——しかし、ヴァイオレットはいつものように恐怖しているわけではなかった。


(ああ、もう限界かも……)


 ヴァイオレットはそっと息を吐いた。

 目の前の者たちがヴァイオレットにリアムとの恋人関係を解消させるために何かをしたのか、それとも偶然そういうことがあったから乗っかっているだけなのかはわからない。


 それでも、我慢の限界だった。

 自分の意思とは関係なくクラーク家に連れてこられてからの十年以上の日々で蓄積されてきた鬱憤(うっぷん)が今、爆発しようとしていた。


「——お父様、お母様。一度お姉様と二人きりでお話ししてもよろしいでしょうか?」


 これまで不自然なほど静かだったルーシーが、やけに真剣な口調で割り込んできた。


「なぜですか? ルーシーにこの劣等種のために時間を割く義理などないでしょう」


 ヴァイオレットを顎で示し、オリヴィアが不愉快そうに言った。


「いえ、こういうのは姉妹だけで話したほうがいい場合もありますから。それに、ご心配なさらないでください。私は()()()()()()()()()()()()()使()()()のですから」

「……そうですね。この劣等種が万が一我を忘れても、ルーシーに対してできることなどありません。いいでしょう。あなたに任せます」


 ルーシーがヴァイオレットをこき下ろしたことに満足したのか、オリヴィアは許可を下した。

 そのときの義妹の表情を見て、ヴァイオレットの中で疑念は確信に変わった。

 ——愛する恋人を奪ったのはルーシーであることを。


 ルーシーの自室に足を踏み入れると、体に少しだけ違和感を感じた。

 その瞬間、ヴァイオレットは詰め寄って義妹の胸ぐらを掴んだ。


「リアに何をした?」

「お、お姉様。少し落ち着いてっ」

「落ち着けると思ってんの? ルーシーはこれまでたくさんの私の大切なものを奪ってきた。でも、まさか恋人まで標的にしているとは思わなかったわっ……!」


 思わず手に力がこもる。

 ルーシーが苦しそうに顔を歪めた。


「リアは今どこにいる? 何のためにあの人を奪った? 答えないなら——」

「わ、わかった! 説明するから一旦離してっ」


 腕を叩かれて初めて、自分が力を入れすぎていたことに気づいた。ルーシーの顔は真っ赤になっていた。

 手を離すと喉をさすりながらゴホゴホと咳き込んだ。


「……お姉様に会いにくる道すがらで(さら)って、今はスミス家にいてもらっているわ」


 子爵家のスミス家は、クラーク家の長年の取引先である。分家などではないが、その上下関係は絶対だ。


「どうして?」

「ヴィオラお姉様のためよ」


 ヴァイオレットは眉をひそめた。


「私のため?」

「えぇ。お姉様が二つのことを約束してくれるなら、恋人は返してあげるわ」

「何?」


 ヴァイオレットは勢い込んで尋ねた。

 ルーシーは人差し指を立てた。


「一つ目は、もう金輪際魔法に関わらないこと」

「……はっ? それ、本気で言ってんの」


 ヴァイオレットはルーシーを睨みつけた。

 彼女は真っ向から視線を受け止め、


「本気だよ」

「そんなの無理に決まってんでしょ!」


 ヴァイオレットは無意識のうちに再び義妹に詰め寄っていた。


「魔法に一生関われない人生なんていらない! いつもいつも優遇されてる立場を利用して私から魔導書を奪っていらない服ばっかり押し付けてっ……なんでそこまでして私から魔法を奪おうとするのよ!」


 それはヴァイオレットの心の底からの叫びだった。

 しかし、ルーシーの反論にも負けず劣らず感情がこもっていた。


「——だって、これ以上魔法使ったらお姉ちゃん死んじゃうじゃん!」

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