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第2話 バク宙を決めた。スカートを履きながら

 ——真上から世界を照らしていた太陽が小首を傾げるころ。

 壁の舗装もされていない不気味さすら漂わせている路地裏で、一人の少女がスキップをしていた。ヴァイオレットである。


 場の雰囲気にそぐわない軽快なステップを踏むたびにスカートがふわりと舞い、スラッとした生脚が惜しげもなく晒された。桜色の髪の毛は陽の光に照らされては日陰に戻り、その度に濃淡を変化させている。


 すれ違うのもやっとの路地裏では、太陽が脳天を見下ろしてくるわずかな時間を除けば足元まで光が届くことは滅多にないのだ。

 小柄な少女であれば、そもそも直接光を浴びることすらほとんどなかった。


(とうとう、とうとう手に入れてやったぞ……!)


 ヴァイオレットの顔はホクホクとほころんでいた。


「ムフフ」


 そのだらしのない笑みと少年のような所作は、伯爵家の令嬢としてとても褒められたものではなかった。


 彼女は白くて細い腕から日傘と袋を提げていた。後者には何よりも大事なものが入っていた。

 決して少なくない時間と労力を要して大金を稼ぎ、やっとの思いで古本屋の頑固な老人から買い取った秘蔵の魔導書である。


 経営の本を買いに行くというのは、オリヴィアの機嫌を損ねないための真っ赤な嘘だった。

 本当に経営に関する書物を購入するときもあるが。嘘が露見しない最も有効な方法は、周囲を真実で塗り固めてしまうことだ。


 ヴァイオレットは何よりも魔法が好きだった。

 というより、魔法以外にはほとんど興味のない貴族の令嬢らしからぬ少女だった。


 カモフラージュのための経営の本も、実際にクラーク家の経営に携わっているため一応は目を通してみるが、反復するどころか読み終えた試しすらなかった。

 その全てが折り目も大してついていないまま埃をかぶって本棚に放置されている状態だ。


 服装もジャラジャラと装飾をつけることなく、シンプルなものを好んだ。

 お飾り令嬢というあだ名には貴族らしからぬ素朴な装いに対する皮肉も込められているのだが、着飾ろうとはしなかった。


(大変だったけど、その分手に入れられた喜びもひとしおねっ)


 興奮に比例するように、魔力が全身をめぐった。

 周囲に人影がないことを確認し、袋と傘を地面に置く。


 浮ついた気持ちそのままに、曲がり角の壁に向かって駆け出した。

 ぶつかる手前で飛び上がる。壁を蹴ってバク宙を決めた。


「よしっ」

「よしっ、じゃないよ。ヴィオラさん、あんたまたなんてことやってんだい」

「げっ」


 華麗に着地をしてポーズまで決めてみせたヴァイオレットの背後から、呆れを含んだしゃがれた声が聞こえた。

 先程押し問答の末に半ば強引に魔導書を買い取った、古本屋のイヴリンだった。ちょうど曲がり角から姿を現した。


 ヴァイオレットはこほんと咳払いをした。

 スカートの裾を摘んで片足を引き、一礼した。


「イヴリン。ご機嫌よろしゅう」

「今さら優雅にカーテシーしたところで遅いわい。それに数分前に別れたばっかじゃろうが」

「ツッコミが長いわ」

「老婆にそんなもの求めるな」


 イヴリンはカラカラ笑った後、心配そうな表情を浮かべて、


「それより、あんたそんなことして体は大丈夫なのかい?」

「うん、大丈夫。ちゃんと加減しているから」

「ならいいが……いや、よくないっ。体が大丈夫でも、若いお嬢さんがそんなはしたないことをするんじゃない。パンツ見えとったぞ」

「ノリツッコミしないでっ……!」


 ヴァイオレットは吹き出した。


「ちなみに私のパンツ何色だった?」

「赤じゃろ? それも情熱的な」

「正解!」

「よしっ! ……じゃのうて、ワシだから良かったものの、若い男に見られたらどうなるかわからんからな」

「はーい」

「全く、返事だけはいいんじゃから……これからクラーク家に戻るのか?」

「……そのつもりよ」


 ヴァイオレットは表情を曇らせた。魔導書を手に入れられた喜びで忘れていた——否、忘れようとしていた嫌な記憶が(よみがえ)ってきた。

 イヴリンが同情するような視線を向けてくる。


「まあ、戻らないわけにもいかんからな……じゃが、あまり気にしすぎるなよ。お前さんの頑張りや人徳はわかる人はわかっているからな」

「うん、ありがとう」

「うむ。魔導書も家族にバレないように気をつけるんじゃぞ。それと、くれぐれも無理はしないように。少しでも無茶をしたらそれも取り上げるし、一生魔導書は売らんからな」

「わかってるよ」


 ヴァイオレットは袋を大事そうに胸元に抱え、にっこりと笑った。


「そんな笑顔でうなずかれても本当にわかってるのか怪しいが……まあいいわい」


 イヴリンは仕方ないなとでも言いたげな、温かい笑みを浮かべた。


「それじゃあ、またの」

「うん。足元にお気をつけてねー」

「年寄り扱いするでないっ」


 年寄りらしからぬ覇気で一喝した後、イヴリンはふっと笑みをこぼして去っていった。

 その曲がり始めた背中を見送り、ヴァイオレットは反対方向——実家のある方角へ歩き始めた。


 落ち込みかけていた気持ちはかなり楽になっていた。

 言うまでもなく、イヴリンのかけてくれた温かい言葉に胸が満たされたのだ。


「……また、借り作っちゃったな。今度健康器具でもプレゼントしようっと。それこそ年寄り扱いするでないって怒られそうだけど」


 想像するだけで笑いが込み上げてきた。声を押し殺してクスクス笑った。


「まあ、それは後で考えるとして……今はこれを死守することが大事だよね。他ならぬイヴリンの顔を立てるためにも」


 今回入手した魔導書の価値は、これまでのものとは一線を画すものだ。

 しかし義理の家族に、特に義妹のルーシーにその存在が見つかってしまえば保持し続けることは不可能だ。


 これまで彼女が欲しがったものは全てヴァイオレットの手を離れ、二度と戻ってくることはなかった。


「お前は無能なのだから、ルーシーが有効活用して当然です」

「お前は姉なんだから譲って当たり前だろう」


 両親はそう言ってルーシーの味方をした。

 自分の力で手に入れたのだから譲る理由はない——。

 そんな至極真っ当なヴァイオレット主張が聞き入れられた試しはなかった。


 取り返そうとしても、ルーシーが「もうちょっと」「今使っているの」などと言えば、両親は彼女を庇った。どころか、


「有能なルーシーが優先です。当たり前でしょう」

「姉のくせに妹から奪おうとするのか?」


 と、ヴァイオレットを叱りつけてくる有り様だった。


 それでも抵抗すると脅してきた。パターンは決まっていたが、ヴァイオレットはその脅しに逆らえなかった。

 だから、何としてでも隠し通すしかないのだ。


 いよいよアレをやるしかないか——。


 ヴァイオレットは覚悟を決めた。

 スカートを履いていても勢いのままにバク宙をかましてしまう彼女であっても避けてきた、品も何もあったものではない方法を使ってでも魔導書を隠し通してやると。


 それは決して小さな決断ではなかった。

 だが、よもや己の今後を大きく左右するほどの起爆剤であったとは、このときの彼女は想像もしていなかった。

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