第17話 ヴァイオレットの治療
幸い、ヴァイオレットが小康状態を保っているうちにイヴリンは駆けつけた。
診察をするなり、思いきり顔をしかめた。
「……これはまた、ずいぶんと無茶をしたものだね」
「イヴリン、治せる⁉︎」
ルーシーは勢い込んで尋ねた。
イヴリンは眉を寄せた。
「ここまでの状態はワシも初めてじゃ……できるだけのことはしてみるが、良くて五分五分じゃろうな。ルーシー、手伝ってくれ」
「もちろんっ」
ルーシーは力強くうなずいた。
イヴリンが九割未満の確率を口にしたのは初めてのことだ。心臓はこれまでにないほど速く脈打っているが、やるしかない。
イヴリンはヴァイオレットに視線を向けたまま、静かな口調で告げた。
「治療に集中したい。すまないが、ルーシー以外は部屋を出ていておくれ」
「そ、そんな——」
「アリア、従おう」
「っ……わかりました」
リアムに諌められ、アリアは渋々退出した。
目の前で扉が閉まると、涙があふれた。
お前がいてもできることなど何もない——。
そう突きつけられた気分だった。
「——アリア」
リアムに強く肩を叩かれた。
「リアム、お兄様っ……私は……!」
「やるせない気持ちはわかるが気を確かに持て、アリア。今はイヴリン先生とルーシーさん、それに何よりヴィオラを信じるしかない。今は僕たちができることをやろう」
「……はい」
ヴァイオレットの加勢のおかげで全滅は免れたが、ジョーンズ家は酷い惨状だった。
死傷者は多数おり、当主のセオドアと次期当主のマイロも一命は取り留めたとはいえ、とても職務に復帰できる状態ではない。
リアムとアリアには、母のモーヴを手伝ってこの前代未聞の事態を収束するという使命があった。
アリアとしてはヴァイオレットのことが気が気ではなかったが、自分だけが立ち止まっているわけにはいかないこともわかっていた。
(死んだ仲間も、自分は生き残っても親しい人を亡くした人だっているんだ)
フレイヤの顔が浮かび、鼻の奥がツンとして目尻が熱くなった。
アリアは滲む視界を袖でゴシゴシと拭き、ともすれば心を覆いそうになる負の感情を吹き飛ばすように大きく一歩を踏み出した。
ヴァイオレットがいなければジョーンズ家が壊滅していたことに疑いの余地はないが、彼女の功績であることは伏せられた。
決してジョーンズ家が体裁を保つために策略を施したわけではない。彼女が破壊魔法の使い手であることを知られるわけにはいかなかったからだ。
実際にヴァイオレットはジョーンズ家への道すがらで、ルーシーに今回のような事態になっても自分の働きは隠すようにいい含めていたようだ。
リアムもモーヴも、ヴァイオレットの常人ではあり得ない身体能力と【真撃破】の威力、そして暴走しているときの異常な精神状態を見れば、破壊魔法の使い手であることは簡単に察しがついた。
ルーシーからそのことを聞いた時点で、彼女の功績を隠す方針は決まった。
大っぴらに彼女を称えられないのは歯がゆいが、恩があるからこそ秘密にせざるを得なかった。
他の兵士への口止めは難しいことではなかった。
やるせない話ではあるが、多くの者が死に、数少ない生存者もほとんどが重傷であったためだ。
生息地を考えればあり得ない魔物の襲撃であったため、王家からも正式に調査団がやってきた。
ヴァイオレットの破壊魔法の跡は、ルーシーの強化魔法の補助を受けたジョーンズ家兄妹のやったものであると主張した。
調査員の中には訝しげな表情を浮かべる者もあったが、如何にして魔物が出現したのかということが主な調査内容だったのだろう。深く切り込んでくることはなかった。
アリアが「ヴァイオレットの治療が終わった」という報告を受けたのは、対外作業や事務仕事に追われて数時間が経過したころだった。
あちこちから痛みやだるさを訴えてくる体にムチを打ち、双子の兄のリアムと母のモーヴとともに病室に走った。
「イヴリン先生っ、ルーシーさん! ヴィオラの状態は⁉︎」
イヴリンとルーシーはぐったりと椅子に体を預けていた。憔悴している様子が窺えた。
「できる限りのことはしたが……この子は少し特殊じゃ。どうなるのかはなんとも——っ⁉︎」
イヴリンが息を呑んだ。
いや、彼女だけではない。アリアもリアムもモーヴも、四人全員が息を殺して見つめた。「ん……」というかすかな声が聞こえた方向を。
一瞬遅れて、全員同時に動き出した。
「目を覚ましたのか⁉︎」
慌ててベッド脇に駆け寄る。
ヴァイオレットが薄目を開けた。
「お姉ちゃんっ……!」
「ヴィオラっ……!」
彼女を呼ぶルーシーとアリアのみならず、リアムとモーヴの瞳にも光るものがあった。
「眩しい……」
ヴァイオレットはそう呟きながら上体を起こした。
——かと思った直後、彼女はフラフラとベッドに倒れ込んだ。青白い表情だった。
「ヴィオラ⁉︎」
「お姉ちゃん⁉︎」
その場は騒然となった。
四人の脳内を最悪の事態がよぎった。
ヴァイオレットの血の気のない口がかすかに動いた。
「……た」
「え、何っ?」
耳を寄せるルーシーに視線だけを向けて、ヴァイオレットはか細い声でもう一度その言葉を口にした。
「お腹、減った……」
「「「……えっ?」」」
彼女の切実な願望を聞いた四人は、顔を見合わせた。
そして示し合わせたかのように、揃って膝からその場に崩れ落ちた。
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