第16話 全開の破壊魔法
ごめんね、リア——。
ヴァイオレットはそれまで緻密に計算していた魔力のコントロールをやめ、全開で身体強化を発動させた。
その瞬間、体がふっと軽くなり、景色が歪んだ。
今の自分であればなんでもできるという全能感が彼女を支配した。発動前に感じていた不安はいつの間にか消え去っていた。
早くこの力を試したい——。
その一心でヴァイオレットは地面を蹴った。足が地面を離れた瞬間、目的の場所に到着していた。
「何これ、すごい! アハハハハ!」
ヴァイオレットは狂ったように笑いながら魔物に殴りかかった。
まるで胴体にただ乗せられていただけかのように、その首は呆気なく吹っ飛んだ。
「アハッ、千切れちゃった! 脆いなぁどいつもこいつも!」
「ヴィオラ……⁉︎」
「お姉ちゃん⁉︎」
アリアとルーシーの声も、もはや彼女には届いていなかった。
「アハッ、アハハ!」
楽しい——。
たった一つの感情が彼女を支配していた。
それでも、最低限の理性は残っていたのだろう。
元々自分が対応していた、他に人のいないところに【真撃破】を放った。
何かが光った——。
周囲がそう思った瞬間には、森の一部ごと魔物の大群は消滅していた。
「アハハハハ! もっともっと——ゴホッ!」
次弾を放とうとして、ヴァイオレットは吐血した。
地面に倒れ込み、再び血を吐いた。
もはや痛みすら覚えていなかった。
もっと魔法を使いたいのに、体が言うことを聞かない。
「ヴィオラ!」
「お姉ちゃん!」
自分を呼ぶ声が遥か遠くから聞こえたようでもあり、すぐ近くから聞こえたような気もした。
ヴァイオレットはわずかに思考力を取り戻した。
(リア、ルーシー……)
脳裏に二人の笑顔が浮かんだ。彼女は淡く微笑んだ。
「……ごめんね……」
最後にそう呟き、静かに目を閉じた。
ヴァイオレットが奥に控えていた魔物も含めて全て倒したため、新たに湧いてくることはなかった。
残党はジョーンズ家の戦力だけでもなんとか片付けることができた。
「ヴィオラ、目を覚ませ!」
「お姉ちゃん、起きてよ!」
「二人とも落ち着くんだ。とにかく中へ!」
リアムの指示で、気を失っているヴァイオレットはジョーンズ家に運び込まれた。
微笑を浮かべているクラーク家の長女はぴくりとも動かず、呼吸も浅かった。
先に運び込まれていた当主のセオドア、長男のマイロの治療を終えた治癒師のスタンリーが走ってやってくる。
「なんだ、これは……!」
ジョーンズ家お抱えの治癒師は、ヴァイオレットを診察するなり驚愕の声を上げた。
「スタンリー、どうしたっ?」
「どんな乱暴な魔法の使い方をしたのですか、ヴァイオレット様は⁉︎ 体内の魔法機関がぐちゃぐちゃになっていますっ、まだ息があるのが不思議なくらいです!」
「「「なっ……!」」」
リアム、アリア、ルーシーは揃って絶句した。
まだ息があるのが不思議なくらいというのは、裏を返せばいつ死んでもおかしくないということだ。
「ち、治療は?」
頬を引きつらせたリアムの問いに、スタンリーは力なく首を振った。
「こんな状態、見たことがありません。私にはどのように治療すればいいのかもっ……」
うなだれる彼を責める声は上がらなかった。
重苦しい沈黙の中、真っ先に行動を起こしたのはルーシーだった。
袖まくりをして、ツカツカとヴァイオレットに歩み寄った。
「る、ルーシーさんっ、何を——」
「お姉ちゃんの治療に決まっているでしょ!」
ルーシーは振り返って叫んだ。
声をかけたアリアも、リアムもスタンリーも思わず息を詰ませてしまうほどの迫力だった。
「私は過去二回、お姉ちゃんが暴走したときに付き添ってる! 今回だって状況は似たようなもの、私なら治せる可能性はあります!」
「そ、そうなのですかっ⁉︎」
「なんとっ!」
リアムとスタンリーの顔が明るくなった。
アリアは違った。大股でルーシーに歩み寄り、その手を掴んだ。
「やめてください」
「どうしてですか⁉︎ 早くしないと——」
「死ぬ気でしょう、ルーシーさん」
「っ……!」
ルーシーが絶句した。
アリアはやるせない表情で首を横に振った。
「ダメです。そんなことヴィオラは望んでない」
「っ……でも、それしか方法はないじゃないですか!」
ルーシーは涙交じりに叫んだ。
「私はこれまでお姉ちゃんのことを散々縛りつけて苦しめてきた! 命を投げうってでも助けなきゃいけない責任があるんです! アリアさんはお姉ちゃんに助かってほしくないんですか⁉︎」
「そんなわけない! そんなわけないですけどっ……」
アリアは拳を握りしめた。
ヴァイオレットのことはもちろん助けたい。自分で差し出せるものなら何でも喜んで差し出す覚悟だってできている。
正直なところ、ルーシーにも命を賭けてでも助けてほしい。
でも、それはヴァイオレットが望まない。義妹の代わりに生き長らえても彼女は喜ばない。
そういう人だからこそアリアも好きになったのだ。
「くそっ……!」
自分の無力さを呪った。
ヴァイオレットが無茶をしなければならなかったのは、アリアが恩師であるフレイヤの死に動揺して、戦場だというのに無防備な姿を晒してしまったからだ。
「私のせいだ……!」
「——お前のせいじゃない」
決して大きくはない、しかし鋭い声がアリアを遮った。
「リアムお兄様……」
「これはジョーンズ家としての責任だ」
リアムがアリアの背中に手を添えた。
「ヴィオラには感謝してもしきれないし、相応の償いをする必要がある。だが、それを考えるのは後だ。今はどうやったら彼女を助けられるのか、それだけを考えよう」
「……うん」
背中に感じる暖かさに、アリアは少しだけ前向きな気分になれた。
そうだ。今はヴァイオレットの命を助けること以上に大事なことなんてない。
(考えろ、考えるんだ。何かあるはず——はっ!)
アリアはルーシーに詰め寄った。
「そういえばルーシーさん。ヴィオラを助けたとき、あなたはどなたかのサポートをしていたと聞いたのですがっ」
「あっ、そうだっ、イヴリン……!」
なぜ自分は彼女のことを忘れていたのか——。
ルーシーは愕然とした。
スタンリーが表情を驚きに染めて身を乗り出した。
「イヴリン⁉︎ イヴリンというのは希代の治癒師と謳われたあの、イヴリン・エドワーズ先生ですか⁉︎」
「えぇ、そうです」
「確かにあの方なら治せるかもしれない……!」
「そのイヴリン先生はどこに⁉︎」
勢い込んで尋ねてくるリアムに、ルーシーは早口でイヴリンの経営しているお店の場所を告げた。
「わかりました。すぐに使者を出しましょう。手紙は——」
「私が書きますっ」
「お願いします」
ルーシーは震える手でイヴリン宛の書類をしたためた。
礼儀作法など今はどうでもいい。簡潔に要件だけをまとめた。
リアムは屋敷に残っていた非戦闘員を走らせた。
「ルーシーさんは常にヴィオラの状態を診ていてください」
「はいっ」
ルーシーはヴァイオレットのそばに寄り添った。
「スタンリーは他の患者を診てくれ」
「っ……わかりました。力及ばず、申し訳ありません」
「気落ちするな」
リアムが唇を噛むスタンリーの肩を慰めるように力強く叩いた。
「今ウチにはお前の力を必要としている者がたくさんいる。彼らの力になってやってくれ」
「っ……はい、わかりました」
リアムの言葉に勇気をもらったように力強くうなずき、スタンリーは部屋を出て行った。
(イヴリンっ、早く、早く……!)
まだほんのりと暖かさを保ったままの義姉の手を握りつつ、ルーシーはそう祈ることしかできなかった。
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