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89 何度でも言ってあげる

「君は本当に面白い。一緒にいるだけで赤くなったり青くなったり。目まぐるしい」


 ぽんぽんとフード越しにフリードが頭を撫でる。

 

「ううううう」

「そういえば言葉も自然だな」

「思い返せば、一度砕けた口調で話してしまった手前戻すのは不自然かな……と」


 アイリスがフリードを止めたあの時、アイリスはフリードの魔法に抗っており余裕がなかった。その為口調が敬語ではなく、アイリス本来の口調になっていた。


「それに、約束もあったから」


 それはフリードがアイリスの協力者になる際に提示された条件だ。そのうちの一つが敬語を止めることだった。


「そうだったな。でもあの時はああ言ったが、無理をしてまで強要するつもりはない。楽な話し方で話してくれればいいよ」

「うん……ありがとう」


 フリードに気遣われたが、フリードに対する口調はアイリスの中で決定された。そしてフリードはじっとアイリスの表情を見つめてきた。まるで本当に無理をしていないか観察するように。


(もしかしてフリード、私が誰にでも敬語を使う理由、察しているのかな)

 

 少し困ったように眉を下げるアイリス。何となくだが、そういう気がしたのだ。

 敬語を使う理由を他の人に話したことはない。話してしまえば後悔するような気がしたからだ。しかしフリードは理由を聞こうとはしないし強要もしない。何かの条件に組み込んだとしても結局はアイリスの意思を尊重している。それはありがたくもあり、申し訳ないような気もしていた。


「それにしても俺に花を渡す人間も君が初めてだな」


 フリードは頭の上にある花冠を手で優しく触れる。


「あんまり嬉しくない……かな」


 怖くなってアイリスは恐る恐るフリードを見る。

 本で女性がお花をもらって喜ぶシーンは存在したし、アイリス自身も嬉しいと感じる。しかし男性は分からない。そもそも性別ではなく、人の好みもある。


「嬉しいよ。ありがとう」


 フリードの言葉にアイリスは一安心する。


「よかった。……フリードはここでなにを?」

「何も。ただここでのんびりしていただけ」

「そっか」


 アイリスは空を見上げる。雲がゆっくりと流れている。


「ここに来て色々なことがあって……幽霊にまで出会って……カミラさんのこと、あれでよかったのかなってずっと考えているんだ」 

「どういうことだ?」

「カミラさんは旦那さんのことが大好きで……私は死後の世界なんて分からない。だからどんな形でもここにいれば二人のつながりは消えない。……だからずっと考えているの。呪いを解呪した上で何か留める方法はなかったのかなって。傲慢だって自分でも分かっているけれど」

「……………………」


 フリードは静かにアイリスの話を聞く。そしてアイリスと同じように空を見る。


「アイリスは……後悔しているのか?」

「していないよ。あれが最善だった。きっとあれ以上はない。分かってる」

「そうか。……俺もあれが最善だと思っている。それと君が思い悩む必要はどこにもない」

「どういうこと?」

「あの女性、笑っていただろう」

「あ……」


 確かにカミラは笑っていた。アイリスたちに礼も伝えていた。

 

「確かに何か他の手段があったかもしれない。それでも君はあの霊たち……まあ、魔力だが確かに救った。これはまぎれもない事実だ」

「………………っ」


 アイリスは目を見開く。その時後ろから強い風が吹く。


(あ)


 まるで今の話をカミラが聞いていて、前を向けと叱咤されたような、そんな風に背を押された心地だ。


「うん。…………ありがとう。…………それにしても好きってすごいな。これが愛……なのかな……亡くなってもなおその人を想うなんて」

「……………………」

「好きってどういう気持ちなのかな」


 アイリスは寮のチームメイトが好きだ。でもきっとこの好きはカミラたちの好きとは違う気がした。


「知りたい?」

「うん。知りたい!」

「それは……」


 フリードは目を閉じ、静かに笑う。


「内緒」

「え」

「きっといつかアイリスがその気持ちになったらちゃんと分かるから。ゆっくりでいいんだ」


 フリードがするりと指でアイリスの頬を撫でる。


「私にも分かる時が来るかな……」


 きっと今フリードに聞いても何も教えてくれない。そう思ったアイリスはひとり言のようにつぶやく。


「きっと」


(あれ……? なんかフリードの私を見る目って何かに似ているような……)


 アイリスは思い出す。記憶喪失とは別に直近でフリードと同じような目を向けられた気がしたからだ。


(そうだ……カミラさんの旦那さんだ)


 夢の中でカミラの夫がカミラへ向けた優しいまなざしにどこか似ている気がした。

 

「あ」

「?」


 フリードが何かを思い出したように声を上げ、アイリスの思考が止まった。

 

「そうだ。君に渡そうと思って忘れていた」

「え?」

「少し失礼。俺たち以外周囲に誰もいないことを確認している」

「え?」


 フリードはアイリスの髪を隠しているフードを外す。そして懐から包みを出し、包みから取り出す。


「それは……リボン?」


 包みからはリボンが出てくる。


「君に似合うと思って」

「フリード……気持ちは嬉しいけど……」


 普段髪を隠しているアイリスには必要のない物だ。しかしフリードはどこか楽しそうだ。


「髪に触れても?」

「え?」

「ダメ?」

「ダメじゃ……ないけど……」


 アイリスはたじろぐ。

 そんなアイリスを見てからフリードはアイリスの横髪を一部掬い上げ、何かをしている。


「フリード?」

「動かないで」


 何が起きているか分からない中、アイリスは言われた通り動かず硬直する。


「よし。できた」


 フリードは満足そうにアイリスの髪から手を離す。


「アイリス。今鏡はあるか?」

「あ、うん。あるよ」


 アイリスは小さな手鏡を取り出す。そして差し出されたフリードの手の上に置いた。


「ほら」


 フリードはアイリスに鏡を向ける。


「わあ」


 鏡に映ったアイリス自身に驚く。

 横に髪が緩く編み込まれ、リボンで結ばれている。


「アイリスが自分の髪を嫌っていても俺はその美しい髪が好きだから」

「フリード……」

「君が自分の髪を嫌いだって思うのと同じくらい、君の髪が好きだってこと俺は伝えるよ」

「………………っ!」


 アイリスは学園の外に出ている間基本的に外套で髪を隠している。

 初めてアルマへ訪れ町で見かけた髪飾りのお店だって自分に無縁なものだと思っていた。

 何より自分の髪がトラブルしか起こさないと分かっていたからだ。


「もしこれから君が髪色で起こる心配をしているのなら大丈夫。俺がいるから」

「え?」

「周りの目を気にして萎縮する必要はない。アイリスがその髪を隠すか隠さないかは自由に決めていいんだ。そして、もしそのフードを取りたいと思った時は安心してフードを取っていい」

「フリード……」


 風がアイリスの鮮やかな桜色の髪とリボンを揺らす。


「なんかフリードがそう言ってくれると少しだけ自分の髪が好きになって来たかも……しれない。だから……ありがとう」

「どういたしまして」


 フリードは優しく笑う。


(本当に、止められてよかった)


 フリードがヴィットーリオを手にかけようとした時、アイリスは必死に止めた。色々説得を試みたが、最終的にはアイリスが代わりにヴィットーリオを手にかけようとした。しかし命を奪おうとは考えておらず、最悪自分の回復魔法や他の魔法を駆使してごまかそうと考えていた。それほどあの時は必死だったのだ。

 ヴィットーリオではなく、フリードを守るために。


(少しは未来、変わったかな)


 フリードを止めて未来は変わったのか。それは分からない。

 しかしアイリスは変わったと信じたかった。


(でも、未来を変えるって簡単な事じゃない)


 思い出すのはサイラスを連れて地下道のような場所で追っ手から逃げる際、アイリスは既視感を覚えた。自分の視た夢と同じだったからだ。夢通りに走った場合の結末も知っていたのでアイリスは夢とは別の選択をした。

 結果的に夢で視た二人とも命を落とす結末からは回避できたが、あの場にソフィアやフリードがいなかったらどうなっていたか分からない。


(別の選択をしたとしても、その先は分からない。無数の選択肢があって、それが最悪な選択に繋がっている可能性もある。それでも)


 アイリスはフリードを見据える。


「フリード。フリードの目的……誰を何の目的で傷つけようとしているのか、私には分かりません。でもそんなことをするのなら、私は邪魔して見せます。一つの駒が盤場をひっくり返して見せますから。だから……覚悟していてね」

「はははっ! それは楽しみだ。……さて、そろそろ行こうか。ユーリたちが騒ぎ出す前に」


 フリードは立ち上がり、アイリスに手を差し伸べる。

 

「あ、そうだった!」


 元はユーリに頼まれてフリードを探していたのだ。そのことを忘れてアイリスはのんびりと過ごしてしまった。

 アイリスは慌てながらもその手を取って立ち上がる。


「それに君が努力している試験もあるしね」

「………………………………………………………………あ」


 フリードの目的を考える前に目下の大問題は試験だ。


「早く行こう!」


 フリードの手を握り走り出すアイリス。それをやれやれと言った様子で着いていくフリード。

 



 それから手を繋いで帰ってきたアイリスたちを見てオーウェンが見て叫びだし、慌てるアイリスをフリードが揶揄い、ルイがそっぽを向き、ユーリが宥めるいつもの光景が広がるまで残り僅かなのだった。





 ***


「戻ったか」

「ええ。まさか負の遺産を片してくれるなんて思ってもいませんでしたよ。それにしてもあの距離で感づかれるなんて……もう少し慎重に行動しないといけませんね」

「……………………」

「あの子なんですね?」

「ああ。………………アイリス・セレスティア」

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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