83 笑っていてほしいから
「貴女がこいつの呪いを解呪してやる必要は無いわ」
きっぱりと言うカミラ。どうやらアイリスが何をしようとしていたのか察しているらしい。
声には深い憎しみの声が含まれている。
「え! どちら様? あ、足が透けてる! しかも浮いてる! お化けだあああああ!」
(オーウェンさんはサイラスさんタイプなんだな)
人狼のサイラスと同じように騒ぐオーウェンを見ながらアイリスは憎しみを持った目をヴィットーリオへ向けているカミラを見る。
「こんなやつ、呪いでし「待ってください」……」
アイリスはカミラを遮る。
「私、とある人に聞いた話があるんです。人を傷つけた分、自分にもその傷が返ってくると。呪い返しと言う言葉が存在するように、あなたがその呪いの言葉を発してしまえば、今度こそあなたが呪われる」
とある人。それはアイリスの師であるカールのことだ。彼は色々な話をしてくれた。この話はそのうちの一つだ。
「私はもう死んでるの。今さら呪われたって」
「あなたはこのままこの人が死ぬことを望んでいるのですか?」
「当たり前よ!」
地面に倒れ、呪いの影響で苦しみ藻掻いているヴィットーリオを睨みつける。
「いいのですか? ここで死なせてしまって。苦しませずに」
ヴィットーリオは現在苦しんでいる。しかしアイリスが言いたいことはそこではない。
「この人には人の命を、自由と尊厳、そして時間を奪った行為の責を負わなければいけない」
「…………」
「その責は軽いものではない。一度その線を越えてしまえばもう普通には生きていけない。苦しんで……今苦しんで死ぬよりもっと苦しい思いをして生きて償わなければいけない。……人の命を奪うということはそういうこと。この人はこれからこの国の法で裁かれるはずです」
人を傷つけるということはその人だけではない。その人を大切に想っている誰かも悲しむ。そしてそれが憎しみや復讐に変わっていく。
アイリスはフリードを見る。フリードは頷く。
「これだけのことをしたんだ。拷問後死罪は免れない」
「そして国に真実を伝えなければいけない。この町で今を生きている人のために」
「生きている人のために……」
カミラはアイリスの言葉を噛みしめるように繰り返す。
アイリスたちが調べたことはヴィットーリオの罪の一端でしかない可能性もある。今ここで事実がわからないまま死んでしまえば真実が分からず例え今助けられる何かがあったとしても、何もできない。今苦しんでいる人はずっと苦しいままだ。
「何より私は貴女に呪い返しさせたくないと思っている人を、知っています」
「え?」
橋の方角から白い光が放たれ、一人の男性が姿を現す。
「カミラ」
「あなた!」
カミラは男性に泣きながら抱き着く。
この男はアイリスの夢に出てきた男と瓜二つで同じ人。つまりカミラの夫だ。
「こんな奴のためにお前が呪われる必要は無い。ずっと笑っていてほしいって願っているから。君に呪いは似合わない」
「あなた……」
「ずっと俺を助けようとしてくれていたんだよな。ありがとう。まあ、こっちに来るのはもうちょっと後で来てほしかったけどな」
男は困ったように笑う。カミラに向ける視線は夢と同じで優しい。
カミラは男の胸で泣く。
「やっと、言える」
「ん?」
「ずっとあなたに言いたいことがあったの」
カミラは涙で濡れた顔で男を見あげる。
男の視線は優しく先を促す。
「お帰りなさい」
「ああ。ただいま」
その言葉を最後に二人の姿は光となる。
「あ、そうそう」
優しい光がアイリスたちを包み、カミラの声だけが響き渡る。
「これは忠告。貴女、自分で気を付けているようだけど、情に厚く深入りしやすいみたいだから気を付けて。でも……私にはこの人がいるように、貴女には貴女を大切に想う人がそばにいるから大丈夫ね。……………………ありがとう」
光がアイリスたちから離れていく。
その様子をアイリスは呆然と眺めており、ヴィットーリオのうめき声で我に返る。
ゆっくりと彼に触れるとヴィットーリオを苦しめていた呪いが光となってキラキラと消えていく。
「あなたはもうこれから日常には戻れない。悔いて悔いて苦しんで……死にたいと思っていてもあなたは償わなければならない。その罪を……一生背負って」
アイリスの冷たい言葉は確かにヴィットーリオに届くのだった。