82 真実
「まだ続けるのなら本当にお医者様をご紹介しますが」
アイリスはヴィットーリオを見据える。
「な…………何をおっしゃっているのですか? 黒幕って……私のことですか!?」
「はい。少なくとも貴方、呪いの騒ぎに乗じて人身売買に加担していますよね?」
「な!? 私が人身売買? 言いがかりです!」
アイリスの言葉でヴィットーリオだけではなく、後ろにいるユーリ、オーウェン、ルイも動揺している。
「いいえ。貴方は年頃の女性を攫って売っていますよね。貴方と取引している売買人がすべて話してくれました」
「は?」
***
「お姉ちゃん。私見たの。信じてくれないかもしれないけど……」
「ソフィアさん?」
それはアイリスの見舞いにやってきたソフィアが言った言葉。
「霧に乗じて綺麗なお姉さんを連れて行ったの。…………ヴィットーリオさんが」
「え?」
「私も最初は信じられなかったの。もしかしたら呪いで倒れているところを助けて担いだだけかもしれないし。でも嫌な予感がして見つからないように後を追いかけたの」
アイリスは静かに話を聞く。
「三人組の男の人に綺麗なお姉さん、渡してた。そして何かもらってた。あと……次は二人連れてくるからとも言ってた」
「それって……」
「うん」
つまりあと二人、ヴィットーリオが町の女性を連れ去るという意味だ。
そして何か受け取っていたものはおそらく金銭だろう。
「男の人たちを鼻で記憶したよ。だから居場所も分かる」
さすが人狼と言うべきだろうか。人狼は鼻と耳がとくに良い。
「すごい……ですがソフィアさん。一応聞きますが見つかったりは」
ソフィアが何事もなくピンピンしていたことから何事もなかったのは分かっている。それでも聞かずにはいられなかった。
「してないよ。ちゃんと距離とっていたから」
「よかった……でも今度そういうことするときは私に声をかけてくださいね」
「え?」
「私たちは協力者。危ないことも一緒に……ですよ?」
「うん……ごめんね、お姉ちゃん」
状況的に単独行動は仕方なかったかもしれない。
それでもアイリスがソフィアを子ども扱いせず一人の協力者として紡いだ言葉をソフィアは正しく理解した。危ないことをした心配と、協力者として助け合うことを。
***
「お祭りの前に売買人の潜伏先にお邪魔して色々お伺いしました」
隣でフリードがパキパキ指を鳴らしているが聞かなかったことにしようとアイリスは思う。
(穏便に話し合おうとしたのに取り合ってくれなかったんだよね……結局フリードが少し脅す羽目に……)
フリードが冷たい殺気を放ちながら詰め寄っていたことを思い出す。途中拒否を許さない笑顔でアイリスの方へ振り向いて目と耳を塞ぐよう指示され、アイリスは後退りながら言われた通り塞いだ為何が起こったか途中から分からなかったが、相手に怪我がなかったので一安心したのだった。
アイリスは切り替えて目の前のヴィットーリオに向き直る。
「連れ去られたミアさんを保護した後、すべて証言しましたよ。貴方との取引を」
「……………………」
「ヴィットーリオさんの取引は向こうにとっては良い取引だったと。買った数倍の値段で売ることができて、貴方は良いカモだったと」
「な!」
ヴィットーリオは顔を青くしたと思ったら怒りのような声を出す。
「どうやら人身売買の相場というのをご存知なかったみたいですね。まあ、場所によってマチマチですが」
「……………………」
アイリスは口元に手を当てて目を閉じる。
(気持ち悪い)
魔力酔いではない。話の内容がアイリスにとって嫌悪感を抱く話なだけだった。
アイリスは何度か攫われたり、人身売買一歩手前にあったことがあり、なんとなく勝手を知っている。それだけのことだが、普通の人が知らないことを当たり前のように知っていることに自嘲するのだった。
(それもこれもこの髪のせいだけど)
アイリスは視界に入っている自分の髪を見る。短く切ったところでこの珍しい髪色からは逃げられない。
「仮にそんな売買人がいたとしてもそんな人間の言うことを信じるのですか! 証拠を出してください!」
ヴィットーリオは声を荒げる。
「証拠は」
「いい。俺が言う」
フリードがアイリスの肩に手を置く。
「これ。なんだ?」
右手に持っているのは一枚の紙。
ヴィットーリオはその紙を見て顔をさらに青くする。
「契約書……ねえ。用心深いあんたは売買人の気分によって値段が変わらないように事前に契約書を交わしていたみたいだな。あんたの直筆のサインもある。筆跡鑑定師にでも依頼すればすぐ鑑定するだろう」
「……………………」
ヴィットーリオは下を向いて黙る。そしてアイリスはもう一つの種を明かす。
「あげく貴方はサイラスさんに自分の罪を全て被せようとしましたよね。万が一町の人たちが自分の罪を着せるサイラスさんを傷つけないように結界まで構築して」
「……………………」
「まさかご自分の屋敷の部屋に同じ結界があるなんて思ってもみませんでしたが」
「…………」
それはアイリスが今着ているドレスへ着替える為に立ち寄ったヴィットーリオの屋敷でのことだ。そもそも最初にこの町の呪いの説明を受けた際に立ち寄った際も同じ気配を感知していた。
「貴方の屋敷で、同じ魔法構築の結界魔法を感知しました。貴方の血のみに反応する部屋があるのではないですか? 着替えを手伝ってくれたメイドの方に聞いたところ、屋敷の主人しか入れない不思議な部屋があるとか」
「……………………」
ヴィットーリオは黙秘して下を向く。どんな表情をしているのかアイリスたちからは読み取れない。
「いやあ……黙って聞いていましたけどさすがに無理あるでしょ」
「ヴィットーリオさん……あんたまさか」
後ろで静かに聞いていたルイやオーウェンたちも状況を察したらしい。
この男が完全に「黒」だということに。
「……………………くくく……あははははは!」
ヴィットーリオの大きな笑い声があたりに響く。
「あーあ。 人狼に全部押し付けるつもりがまさかその人狼に切っ先を向けられていたなんてな」
ひとしきり笑ったヴィットーリオは笑った際に出た涙を拭う。しかし今の発言では自分の罪を認めているようなものだ。
「で? 呪いも俺が原因だと?」
「いいえ。明確な証拠は。ただ…………今見つけました。今、削ぎ落とした原初の樹の一片をお持ちですよね。貴方からあの地下道の部屋にあった原初の樹と同じ気配を感じます」
ヴィットーリオの懐から比べ物にならないほど強い呪いの魔力の力を感じるアイリス。
「……………………正解だよ! お嬢さん」
パチパチと手を叩くヴィットーリオ。そして懐から削ぎ落とされた物を取り出す。
「やっぱり……」
「どこかの旅人が勝手に原初の樹の封印を解いてカミラの夫の魔力を埋め込んだのさ。最初は埋め込まれ苦しんでいるあいつを助けようとしたさ。だがそれをカミラに見られてしまった。まるで原初の樹に私が彼を縛り付けているように見えてしまったと思ったよ。だから彼女にはいなくなってもらったよ。アルマの町の長が彼を縛っているなんて聞き覚えが悪いからね」
「そんなことで……」
「そんなこと、ではないさ。体裁は大切なんだよ。お嬢さん」
「それに旅人が持ってきたこの石」
ポケットから出したのは黒い魔法石。
「面白いことになる。と言われたから使ってみたらこの原初の樹の一片から赤い霧が出て人々は酩酊する。面白かったさ。自分がこんなに人々に影響を与えられるなんて」
霧の発動条件は自然発生と水以外に手段があったらしい。確かに霧をコントロールするのなら自然発生や水分量の調節よりも魔法石の魔力調節の方が容易い。
つまり、あの魔法石は呪い発動のトリガーということだ。
(狂ってる)
アイリスはさらに気持ちが悪くなり胸を押さえる。
「だから攫って売ったのか」
フリードが低い声で問う。
「ああ。酩酊していたら俺が何をしたかなんて分からないだろう。……これが、お嬢さんの求めていた真実だよ」
「……………………」
「さて。話が終わったけどなんで私がここまで丁寧に話したか分かるかい?」
「え?」
「君たちにはここでのことを外部の者に話させるわけにはいかない」
ヴィットーリオの持っている黒い魔法石が輝き始める。
「呪いは確かに解呪されたかもしれない。だがまだ呪いは残っている!」
輝きと共に嫌な気配を感じる。原初の樹の一片が砕けて魔法石に呪いの魔力が吸収される。
それだけではない。よく見ると原初の樹があった場所から黒い魔力が魔法石に吸い込まれるように注がれている。
(これ……原初の樹にある呪いの残留魔力!?)
「さあ、君たちはここでのことをしゃべらないようにこの世からご退場願おうか!」
一層黒く輝く石。
アイリスたちが身構える中、それは起こった。
「え…………な……んだ……うわあああああ!」
黒い魔法石から呪いの魔力がヴィットーリオの腕に纏わりつき、侵食していたのだった。
ヴィットーリオはもがき苦しみながら倒れこむ。
「ヴィットーリオさん!」
アイリスが駆け寄る。
「そもそも呪いなんて代物を容易に一般人が制御できるわけないだろう」
闇魔法を使うフリードは呆れる。
(これが呪いなら)
アイリスがヴィットーリオに触れようと手を伸ばす。
「アイリスさん。そんな奴、助けてあげる必要はないわ」
「え……?」
「ヴィットーリオ……絶対許さない……」
「お、お前は……まさか……カミラ……」
残留魔力のカミラが倒れているヴィットーリオを冷たい目で見おろしているのだった。