81 猿芝居
「今の光は……」
倒れているアイリスを気遣いながらユーリは光が収まった方向を見る。アイリスも呆然としながらもゆっくり目を開ける。
「終わっ……た?」
「ああ」
アイリスの問いに答えたのは歩いてきたフリード。
「そっか……解呪できたんだ。……フリード、ありがとうございます」
「こんな呪い騒ぎ、早く終わらせたかったからな。当たり前のことをしただけさ」
フリードが苦無を投げなければ解呪は出来なかっただろう。
(それにしても、やっぱり解呪に必要だったのは私の魔力だったんだ)
アイリスは咄嗟にずっと隠していた苦無を投げた。その苦無は普通の苦無ではなく、アイリスの魔力を帯びた苦無だった。
アイリスは立ち上がろうとするが、足に力が入らない。
「魔力酔いだな。まだ気持ち悪いか?」
「大分マシになったので大丈夫です」
大事ないことが伝わったからかフリードはため息をこぼした。
「大丈夫ならこの状況教えてほしいんだけど」
「そうそう! 俺も教えてほしい!」
町の人たちを止めていたルイとオーウェンもアイリスたちの元へ歩いてくる。
ちなみに町の人たちは解呪の影響で気を失っている。
(あれ? じゃあ最初に解呪したオーウェンさんたちが気を失わなかったので何で……?)
思考したかったが、気持ち悪さがまだ残っている。
「今は何も考えなくていい」
「すみません」
顔色が悪いアイリスをフリードが気遣う。
アイリスがこんな状態だったからかルイもオーウェンも状況を問い詰めることなく静かに見守っていた。
「あ。忘れないうちに」
アイリスは中指を曲げる。
「オーウェン。右に寄れ」
「はい? フリードさん一体何を……うお!」
オーウェンの左頬ギリギリをアイリスの苦無が通る。
「び、びっくりした……」
「なるほど。苦無が魔力でつながっているのですね」
ユーリの言う通り、苦無が魔法の糸のようなものでアイリスと繋がっていた。
アイリスは言葉を発するのが億劫だった為、肯定の笑みを浮かべてスカートに隠れている太もものベルトに苦無を素早く戻した。
男性陣は慌てて目を閉じ、オーウェンに至ってはアイリスの行動の意図を察知したルイに頬を明後日の方角へ押しやられていた。
「あ、すみません」
全員が視線を外している意味を理解したアイリスは慌てて声をかける。
「はあ。そんな格好のくせに暗器を忍ばせているってどういうこと」
「あはは」
アイリスの格好は清楚なドレスのままだ。ちなみにオーウェンは今さら顔を赤らめて謎にプルプル震えている。
アイリスはルイのもっともな意見に苦笑いをしてから、ゆっくり息を吸う。
(大丈夫。もうほとんど気持ち悪くない)
フリードの手を借りてアイリスは立ち上がる。
肩にふわりと上着をかけられる。フリードの上着だ。
「あの、私さっき思いっきり地面に寝転んじゃったので……」
感知に集中する為自分の足で立つことすら放棄したアイリスは先ほど地面に寝転んでいたのだ。今の格好は多少なりとも土がついているだろう。アイリスは慌てて上着を返そうとする。
「いいから」
慌てて返却しようとするアイリスをやんわりと止め、肩にかけ直すフリード。
「……ありがとうございます」
おそらく返却しても受け取ってくれないと感じたアイリスは厚意に甘えることにした。清楚だが動きやすいドレスの上から上着をかけられ、何故か少し安心した。
「さて」
アイリスが空気を変えるように声を出す。フリードはそんなアイリスを見て頷く。
「ヴィットーリオさん。もう大丈夫ですよ」
アイリスが森の茂みの一点に向けて声をかける。しばらくすふとガサガサと音が聞こえ、ヴィットーリオが茂みから出てくる。
「よかった。皆さんご無事で! すみません。アルマの人々がこのようなことになってしまって……私も怖くて……お助けできればよかったのですが」
ヴィットーリオは気を失っている人々を見る。口ぶりからすると怖くて出て来れなかったのだろう。
「いえ。この状態なら動けなくなるのは当然だと思います」
魔法を使えず対抗手段がない一般人が一人で先ほどのゾンビ軍団に抗うことはかなり難しいことだ。
「それよりもヴィットーリオさんが無事でよかったです! お怪我はありませんか?」
「ええ。あの後どうやら攫われたようで、気が付いたら見知らぬ馬車の中にいました……それで何とか不意をついて命からがら逃げてきたのです」
「そうでしたか……本当大事なくてよかったです」
「ええ……我が邸であのようなこと、本当に驚いております……アイリスさんは大丈夫でしたか?」
「ええ。この通り大丈夫です」
ここに来るまで色々あったが別に言う必要はないだろう。
「でもようやくあのサイラスが死んだのですかね。皆さんが急に倒れて……おそらくこれで正式に解呪されたのですね」
「……………………」
ヴィットーリオは涙ながらに喜ぶ。するとアイリスの横でクスクスと笑う声がしてフリードを肘で突く。
「フリード。失礼ですよ」
「いやあ、こんな猿芝居まだ続けるなんてと思ってな」
「私もさすがに無理があると思いますが……もしかしたら本当に本気に思っていたらどうするんですか! 本当に失礼ですよ。目……いや、脳関係のお医者様を紹介した方が良いのでは……」
「それもよっぽどだと思うがな」
軽口のような会話をフリードとする。
「え……アイリスさん? フリードさん?」
ヴィットーリオは戸惑うだけだ。
「もう終わりにしましょうか。……………………今回の黒幕さん」
「………………………………」